この記事は2009年4月25日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

私の人生、と呼べるものに向かって進む。当たり前か。

嫌いなら別れちゃえばいいじゃん

とか

同居してるのはまだ好きな気持ちがあるからでしょ

とかそんなのどうでもいいんだけど、

結婚ってのを、単なる好き嫌いの延長線上で考えるのは、物事の本質に対してまっすぐで正直かもしれないけど、現実の行動をそういう指針だけで判断するのは幼稚だと思う。

ふたりきりならともかく、子供がいる以上は、その子たちの一回しかない人生の基礎を作る成長期を、できることの中で最善の手を尽くして守るのが、親の努めだと思う。

努め?
なんか違うな。

少なくとも、私にとっては、子どもたちの健全な成長というのが、私個人の仕事に対する野心とか、幸せな結婚がしたいとかいう願いより、ぜんぜん優先度が高かった、ということです。

子どもたちがそれなりに健全に成長していくにつれて、それまで後回しにしていた、その他の願いが表面に浮上してくるのは当たり前のこと。

私は決して何かのはったりや、脅しや、その他、何らかの本当じゃない気持ちから離婚しているわけではなくて。

そのささやかな主張はいつか自由に向かって羽ばたきたいという私のせいいっぱいの自己表現であって。

だから私は最後まであきらめず。

そもそもの最初から願っていたとおりの私の人生にハンドルを切り直す。

なぜなら私は自分を犠牲にして他人の成功をサポートをするために生まれてきてるわけじゃないので。

なんかそういう役ばかり回ってくるのは前世か何かの因縁かもしれないけど、今回は違うので、そこんとこよろしく>先祖、守護霊、あるいはそれに類する何らかの存在

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