SLユーザーのみなさん、お久しぶり、あるいははじめまして。OGのikuko Spinotti こと かなだいくこと申します。IKUKOとか不思議猫とか名乗ることもあります。セカンドライフ非技術系アドベントカレンダーにエントリーしましたので、久しぶりにSLについて書かせていただきます。
さて私がSLのアクティブユーザーだったのは2007年のことです。
あの、2007年です。
3Dの知識もなくゲームもしない私なのに、友人と盛り上がって「SLCOM」というセカンドライフのコミュニティサイト立ち上げに参加。そのまま怒濤のSLブームに乗って、SLに没頭していきました。
SL内でのイベントやショップ運営のほかに、リアル世界でも名古屋を中心にSLの勉強会を主催したり、カンファレンスにSLネタで登壇させてもらうなどして、2009年頃までなんだかんだと活動を続けていました。
それで、ずいぶんSLに詳しい人のように思われ、自分でもそう思っていたのですが、よく考えてみると私がSL内で作っていたのはほぼ「看板」だけだったように思います。
それではなぜ私がそんなに「看板」ばかり作ることになったのか、「看板」とは何かを改めて考えてみようと思います。長文ですが最後までおつきあいいただけると幸いです。
看板はオブジェクト
看板は薄い板状のオブジェクトに画像(テクスチャ)を貼ったものです。
ご存じのように3DCGの仮想世界SecondLifeの醍醐味は、SecondLife内で自由に「モノ」を作れることにあり、四角や丸などの基本的なオブジェクトを変形したり組み合わせたりして、さまざまな形のものを作ります。
実はこの、四角をひらぺったく変形した看板が、私に作れる唯一のオブジェクトでした。始めて間もない頃に教えてもらった看板作りだけで、私はSLライフをエンジョイしました。
看板はテクスチャ
板状のオブジェクトを作ったら、そこに画像を貼って、使用目的にあった看板を作ります。
カフェを開けば、カフェの看板。
イベントを開けば、看板。
お店の中にも、他の支店の案内看板が必要でした。
とにかく、何をするにも、告知や案内のために看板が必要。
私はWEB制作はしていたけれども、デザイナーではないので画像加工はド素人でした。使い慣れないPhotoshopで見よう見まねで看板を作り続けました。
看板は広告
やがて、大きなイベントがあちこちで開催されるようになると、SLCOMとして広告を出さないかという話が持ち込まれるようになりました。お金を払うってことはあまり記憶にないけれど、協力のお礼としてSLCOMの看板を立ててもいいよ、というような話はけっこうあったような。
もちろん広告看板なんて作ったことがないので、これも見よう見まねで作りました。たとえばこんなのとか。
看板は下のように、本物っぽい看板オブジェクトになることもありました。
現実世界ではフリーランスのWEB制作業だったので、自分が広告の出稿側になるなんて考えたこともありませんでした。でもこうして、SL内で複数の店舗を持ってみると、人があつまるイベントで自分の店の広告を出したり、また逆に、自分の店舗に他の人の広告を置いてあげたりすることもあって、そうしたいろんな相談を受けるだけでも新鮮でした。
とりあえず、人が集まる場所(媒体)を持つのは大事だな、と思ったことでした。
看板は異世界への窓
現実世界の看板と違って、SLの看板には「テレポート」機能を追加することができました。クリックすると、その場所へジャンプするウィンドウが開くのです。
なので、看板は、どこか別の場所に出発する入り口でもありました。
そしてそのジャンプ先は見知らぬ人が作った「SLCOMショップ」。
フランチャイズの開業依頼ははSL内でアバター名で申し込まれるし、やりとりには普通のEメールも使ったけど、最初から最後まで実名も、ネット上で使うハンドル名さえも知ることなく、ただただSLのアバター名だけでやりとりする人がほとんどでした。現実の通貨と交換可能なリンデンドルというゲーム内通貨をやりとりするのに、誰だか分からないというのは奇妙ではあるけれど、双方が了解し、トラブルが起きないなら、なんの問題もないものだなーと学んだ経験でした。
看板はネットワーク
視覚情報は伝わりやすいけど、音声伝達は部分的にしか効かない。
メンバーがログインする時間帯がまちまちなので、リアルタイムの情報伝達も不得意、というSLにおいて、看板はなにかをするときの必需品です。
イベントでも、現実世界ならメールでテキスト(文章)を送れば済むようなところでも、SLでは、看板用のテクスチャを送ってくださいと言われることが多かったです。
SLの特徴のひとつに、みんなで同じスペースで物作りができる、というのがあります。
WEB上でも、リアルタイムで同じファイルをみんなで編集とか、今はできますが、なにしろSLでは作ってるものの3Dの姿がみんなに見えますので、その臨場感は半端ないわけです。
物作りができない私ですが、テクスチャを送ることでこうした物作り(イベント作り)に参加した感じがあって、それも、SLが楽しかったと感じる要素のひとつだったなーと思います。
考えてみれば、そもそもの最初のSLCOMというコミュニティサイトをWEB上に作った時から、お友だちのMikaさんをはじめみなさんの協力があってできあがったし、SL内で作ったSLCOMショップも、作ってもらったり、買ったり、買ってきてもらったりしたものでした。
途中から使い始めたSLCOMのベンダーも、振り分けスクリプトをお友だちに書いてもらったものですし、SLでは自分が看板しか作れなくても、その道のプロが必ずいて、ありとあらゆるものが、お願いするだけで、あるいは嘘みたいな安い値段で手に入る、理想の世界だったのです。
だから、看板しか作れない私なのに、足かけ3年も遊ぶことができました。
たかが看板、されど看板
それまでの私は、生きていくには人より秀でた才能や技術が必要だと、思っていました。
でも、自分には限られた能力や資質しかなかったとしても、うまい巡り合わせに行き会えば、驚くほどすごいことまでできちゃうんだ、ということをSLで学びました。
WEBに関しても、SL以前の私は、キーワード検索で1ページ目に出るようなサイトはその道のプロが運営していて私みたいな個人の素人には無理なんだと、なぜだかアタマから諦めていたのだけれど、SLCOMはオープン直後にトップページに出ていて、それを見てはじめて
「私にもできるんだ!」
「ブームが来て、競合が少なければ、それだけでトップに出れるんだ」
と、びっくりしたのを覚えています。
冷静に振り返れば、ブームが来たときにうまいことそこにいるのが難しいんだって話なんだけど、当時は自分には有名サイトを作るなんて無理って思い込んでいたので、これは今でも貴重な成功体験のひとつです。
まとめ:今も生きる看板づくりから得たもの
- Photoshopの使い方を学んだ!
- 筆文字ショップの大量のバナーやタイトル画像作りは、あのときの看板作りがなかったらできていません!
- やればできると信じてSEO!
- やり方次第で誰にでもチャンスはある。SLCOMショップではじめてそれを実感して、筆文字ネットショップの運営に本気で取り組みはじめたというホントの話。
- 行動する前にあまり悩まなくなった!
- 参加することに意義がある。やってみなくちゃ分からない。看板送ってって言われたら下手でもなんでも作って即送付。SLではすべてがはじめてのことばかりだったので、あれこれ悩むよりやってから考えるのが習慣に。
- やっぱり今でもユニークなSLつながりのお友だち!
- SLで知り合った人たちはやっぱり今でも面白い。好奇心が強いというか新しいもの好きというか。普段の暮らしの中では知り合えなかっただろう人も多く、facebookなどで今も刺激をいただいています。
というわけで、ひさしぶりにSLライフを振り返ってみましたが、どうやらSLは自分で思ってるよりもっと大きく、私の人生や生き方に影響を与えてくれたかもしれません。
それがどのような影響であったのかは、今後の私自身の活動の結果を見ないとはっきり言えませんが、得たものは必ず、なんらかの形となって花開くに違いないと確信して、セカンドライフ非技術系アドベントカレンダーの参加エントリーをしめたいと思います。ご静聴ありがとうございました。(^-^)//””パチパチ
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