今週の英語

By , 2012 年 1 月 17 日 8:59 PM

今日は週に一度の英会話教室の日。
毎回、テキストなしのフリートークで1時間半。
考えてみれば、それで話題が続くというのは、先生の能力が高いかも。

今日覚えた単語
交差点 intersection

なんか、交差点にしては立派すぎる単語な気がします。。インターセクション。。。

あとは

それほどでも…  not really

なんかこういう、簡単な受け答えの言葉とか、あいづちとかが、とっさに出てくると、会話がラクになるんですけどね。

「むか☆シス」公開終了。

By , 2012 年 1 月 15 日 11:24 AM

前から調子が悪かったMacを、おととい、思い切って初期化して再インストールしました。
そしたら調子は良くなったのですが、データをバックアップしていたTimeCupsuleというハードディスクが調子悪くて、途中でデータが消えてしまいました。

でも、iTunesのデータと、過去5年分くらいのメールが復旧できたのはラッキーでした。
音楽データを今から入れ直すのは不可能だし、
メールには、さまざまなシェウェアのシリアルナンバーや、サーバーその他のログイン情報が含まれているので。。

ブラウザのブックマークとか、こまごましたものは消えてしまったけど、まあ、必要なものはいずれ探すでしょうから、断捨離ということで。

消えたついでに、今までつかっていたFirefoxをやめて、GoogleのChromeに変えました。
さくさくです。
必要なアドオンを入れるのに、少し時間がかかりましたが、なんとか揃えて。

そして今日は、ようやく、普通にMacが使えて、子どもたちもカナダもみんな仕事で不在。
ゆっくりできます。


そういえば、何ヶ月か前に、このブログのサーバーを移転させたのですが、その時に、「むかつきシスターズ」を移動させるのを忘れていました。
もちろんローカルにデータはあるので、そのままサーバーに上げればヨシなんですが、なんかもう、わざわざ公開するほどのものでもないな〜と思ってやめました。

いつまでも、「カネなし、職なし、若さナシ」とかって、どんだけ?
もう飽きたし。

41歳の自分の、等身大の姿ではあったけど、もう、職も若さもほしくないし、お金も目的ではなくなっちゃったし、夫が引きこもった? 収入が途絶えた? だから何…って感じ。

人間は、夫が引きこもろうと、収入が途絶えようと、津波が来ようと、空襲で焼かれようと、何があろうと生きていくんです。地べたを這い回るような体験も、恨みに思ったらそれまでだけど、おかげでまたとない体験ができたと思えば恵みの雨。

どうってこと、ないですね。
夫がどうこうとか関係ないです。私は私の道を行くだけ。

読み物としての面白さはあると思って公開してきたけど、もう、ここらで重苦しくてみじめな「むか☆シス」を卒業して、ふわっと上昇気流に乗りたいと思います。

#アーカイブとしてまとめてダウンロードできるようにしとくと、なにかと便利かも。。
 あるいは、匿名でパブーに公開するとかね。

新しいページをめくると、今までのページは「過去」になる

By , 2012 年 1 月 14 日 9:16 AM

絵本のページをめくるように、生活のすべてが「過去になる」ことが、10年〜20年に一度、ある気がする。

私の場合、30歳ちょっと前に、仕事をやめ・つきあう友達もがらっと変わり・出産&育児生活に入ったため、暮らしのスタイルが180度変わり、「使用前・使用後」みたいな変化がありました。

その次は41歳のときの、例の夫引きこもり事件の前後で、やっぱり「使用前・使用後」になりました。
主婦友だちとか、当時のネット友だちたち、メルマガの読者の方たちとも、全部、つきあいが切れてしまい、それに変わって、今まわりにあるような環境が起きてきました。

しかし、かなり残念なことに、この環境もやっぱり、変化する時が来たようです。
今までは面白いと思って読んでいたブログ、こういう人たちの仲間になりたいと憧れを持ってフォローしていたソーシャルのつながり、筆文字の仕事、WEBの勉強会。

それが突然、色あせて、どうしてこんなブログをRSSリーダーに登録してるんだろう?
と疑問に思うくらいに、内容に興味がわかない。

ITの新しい情報とか、WEBの仕様とか、それがなぜ、面白かったんだろう。
そりゃあ、便利なツールは、知っておいたほうが便利だけど、その情報自体はあんまり、自分の「ライフ」と関係ない気がする。

これは、もちろん、彼らが悪いわけじゃなくて、私の感じ方が変わったからで、どっちが正しい、どっちが良いということではない。
だけど、読んでて退屈なものを読み続ける理由はないし、やってて退屈な仕事をやり続ける義務もない。

なんとなく、この2012年の初頭を持って、私の人生の1ページがまた、めくられたような気がします。
筆文字の仕事がいやだいやだって、何年も前から言ってるけど、今年のお正月が終わって、しばらくたったとき、突然すーっと、やめよう。と思ったし。

あと、WEBとか筆文字とか、その他、いろんなビジネスで、もし、周りの人が成功したら…と考えると、以前は「それはちょっと悔しいかも」「私だってやろうと思ったらやれたのにって、後悔しそう」っていう、欲や執着があったんだけど、今は、全然、「ああ、よかったね、おめでとう」で終わりそうで、自分もやればよかったとか絶対思わないという確信がある。

お金を儲けるとか、事業で成功するとか、に対する執着がなくなってしまったみたいです。

もう、こうなったら、The End ですね。
41歳から始めた私の起業家的ライフは、終わってしまったみたい。

でも、私の人生は、今、ここから。
今度は、子供が生まれたからとか、夫が無職になったから、という、他人の都合に振り回される人生じゃなくて、ただただ自分のために、始まる人生なので。

50代でそれを始めることができてとてもラッキーだと思います。
サラリーマンだったら退職後の60代で始めるのに、私はそれを10年先取りできるんだから。

がんばろう。

「本気」には「100%投入」という1種類しかない

By , 2012 年 1 月 11 日 12:41 PM

この間、新春アスリートトークという番組をうやっていて、なでしこジャパンの澤選手、安藤梢選手、男子サッカーの長谷部誠選手、水泳の北島康介選手などが出ていたので、録画して見てみました。

そして話を聞いているうちに、今までの自分が「本気」について、間違って考えていたことに気がつきました。

多分、「本気」っていうのは、1個しかなくて、その意味は全身全霊、生活のすべてを賭けて、エネルギーや時間を出し惜しみすることなく、私生活を含めて全部を投入するような、ほんとのほんとの「本気」のことなんです。

有名なサッカー選手のインタビューを聞くと、みんな、必ず同じことを言います。
「今日一日の練習に、全部を出し切る」

試合じゃない日々の練習でも、もうこれ以上できないくらい必死になる。
練習試合でも、本番さながらの気迫で全力を出し切る。
そうやって、毎日のパフォーマンスからアピールしていないと、試合に出してさえもらえない。

試合から1回外されたら次はもうない、というくらいの危機感を、今でも持っているって、あの「キング・カズ」こと、三浦知良選手も「アスリートの魂」で言っていました。

鬼気迫るサバイバルな世界です。

今まで私は、たとえば、筆文字の売上を10倍にするのが本気だとしたら、筆文字の売上を2倍にするなら、その5分の1の本気しかいらない、って漠然と思っていたけど、はっと気がつきました。

売上を上げたい、成功したいなら、そこに、今ある力を全部投入しないといけないのです。
そうしないと、物事は動きません。

売上を2倍にするにも、10倍にするにも、注ぎ込む「本気」は同じ量です。
なぜなら「本気」には「全力投球」という1種類しかないからです。
全力の半分投球とか、20%投球とか、そんなのありえません。それはただの手抜きです。

じゃあ、2倍と10倍はどこが違うかといえば、単に、目標の設定値が違うだけ。
注ぎ込むエネルギーは同じなんだから、目標は10倍に設定したほうが得、というわけですね。

アスリートにたとえれば、フィギュアスケートで4回転ジャンプの練習をするのに、県大会で優勝するのを目標にしても、オリンピックで金メダルをとるのを目標にしても、必要な練習量は同じです。
県大会のほうがハードルが低いから、ちょっとの努力で4回転が跳べるようになるなんてことは、ありません。

それが私には分かっていませんでした。
目標が低いから、ちょっとの努力でクリアできる気がしていました。

でも、間違いでした。

自分の全部と投入するということが、今までやってきたいずれの仕事に対しても、できていませんでした。

ちょっとなにか、目からウロコが落ちたような感じ。

もとより、私が、他の人の人生に対して100%を投入できるわけがないので、筆文字で「私が」売上10倍なんて、設定そのものが間違っていましたが、それ以外の自分の仕事に対しても、私はいつも自信がなくて、今まで成功したことがないから成功の仕方がわからないというような、負けパターンの考え方から抜け出せませんでした。

でも、スポーツの世界を見ていると、それまで一度も金メダルをとったことがない人が、次々と金メダルをとっていくわけですから、経験したことがないからできない、なんてことが、あるわけがありません。

大切なのは、やり方を知っているかどうかではなくて、自分の全部をそこに投入しているかどうかのほうだったんですね。

成功するかどうか分からないことに、全身全霊を傾けるというのは、意外と冒険で、おおっぴらにやれることじゃないんですけど、でも、そういう、がんばれる人に私もなりたいと思います。

レッサーパンダは木の上にいる

By , 2012 年 1 月 10 日 9:04 PM

お正月休みで2週抜けたので、久しぶりの英会話教室でした。
毎日ずーっと家にいる生活なので、しゃべる言葉が何語であれ、外に出て人に会う機会は貴重です(^^;

レッサーパンダが、木の上にいる、というのは on the tree じゃなくて in the tree だそうです。

Two lesser panndas were in the tree.

木の上というより、こずえの中、という感じでしょうか。

そういえば、年末に東京で、上野動物園へ行った話は、書き忘れていますね。

▼ 地面に立ってるレッサーパンダは風太くんだけらしい
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▼ 生パンダ、初めて見ました。けっこう小さい。両手でかかえられるくらいの感じ。
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▼ 不忍池の脇で、枯木の枝にくっついた、なにやら丸い物体
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▼ ついでに、スカイツリー
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それにしても、語彙が増えないし、ヒアリングも全然です。
まじめに勉強しんとだめだなー。

時代とともに変化していくこと

By , 2012 年 1 月 8 日 6:33 PM

生々流転は世のならい。
…とか言っちゃって、私の場合は、流転しすぎ。

この10年

・リサイクル品の販売をやって、やめ
・ホームページ制作をやって、やめ
・セカンドライフを仕事にしようと思って、やめ
・筆文字販売をやって、やめ ←今ココ

結局何がやりたいのよ、というと、何もやってなかった頃にやっていた、お話を書くことに戻りたいだけ。

…って、なんなんだその、「何もやってなかった頃にやっていた」、というのは。
いかに、自分のやってたことに対して、自信がなく、自分で自分を全否定していたかってことが、よく分かりますね。

実際、小説を書きながら「こんなことやってても、お金にはならないだろうな」と、負け犬モードでしたからね。
今でも、ぜんぜん自信はありませんが、でも、残り時間という制限があるので、勝とうが負けようが行くしかない状態に。

ついに詰んだ、という感じです。(´ヘ`;)ハァ

あああー、ええと、筆文字をやめるのは私だけで、つとむ本人は私には関係なく今までどおり続けますので、筆文字のご依頼があったらお知らせください。きっちり、つとむに繋ぎます!

でも、こういう選択って、自分で決めているように見えて実は運命の導きだったりするので、過ぎたことはしょうがないです。
それぞれのフェースで、必要な人に出会って、次の段階に進んだんだし。
結果的に、ほんとうに好きな人とか、気持ちのいい人たちとは、今もつながりが続いているし。

これでいいんだと思います。

変化するっていうことは、今まで持っていたもの、作り上げたものを、手放すということだけど、勇気をもって手放し、いさぎよく次に進もうと思います。

「だいじょうぶ、できるよ」って言ってもらえるだけで。

By , 2012 年 1 月 7 日 11:57 AM

ミラクルを信じない人もいるけど、中には、信じてくれる人もいる。

目標とかって、そりゃあ高いほうがいいし、でっかいほうがいいから、誰でも意識的に大きく言おうとするもので、だから、さあミーティングしましょう、というシチュエーションの中で聞けば、立派に大きいことを言うわけです。

でも、普段の雑談の中で話題にすると、ぽろっと
「そんなに突然売れるわけがないし」
「無理だよ」
とか、言っちゃう。
無防備なので、本音が出るんですね。

当然ながら、現実化していくのは建前ではなく本音。人には言わないけどいつもいつも心の奥底で思っている、その人の実感のほうですから、この状態では、どんなに大きな目標を設定しようが、いつまでたっても成果は出ないわけですね。

まさにそれなんですよ。
だからダメなんですよ。

でも、他人がリラックスしてる時にぽろりと吐く本音をいちいち潰して回るようなことしても、しょうがないですから。

いっしょに進むパートナーには、心の底から奇跡を信じて、絶対できると思ってくれる人を選択しなくては。

と思っていたら、昨日、思いもしない人から、「あきらめちゃだめだよ」って、励ましをもらいました。
20年来の友だちで、今も会社の会計を見てもらっている税理士さんなんだけど、業務内容にはまったくの門外漢なのに、相談したら開口一番、「だって、作家の仕事って、ブレイクする時は突然するじゃない?」って。
「筆文字じゃなくて、いくちゃん自身がブレイクする可能性だってあるんでしょ」って。

いや、もちろん私も、内心はそう思ってはいるんだけど、
こうして、実際に人から言ってもらうと、「やっぱり?そうだよね、できるよね」って、勇気がむくむくっと沸いてきて、すごく励まされました。

結局のところ、税理士さんとか、経営コンサルさんの役割っていうのは、こういうことなんじゃないかなって、思う。

ただ会計処理をするだけなら誰だっていいんだけど、弱気になってる時に必ず「大丈夫、できるよ」って言ってくれる人って、どこにでもいるわけじゃありません。

得難い存在。ほんとに。

がんばって、乗り切って、成功して恩返しする。
応援してくれた人たちみんなに。
私の書いたものを読んでくれてる人たちみんなに。
「おもしろいよ」「楽しみにしてるよ」って言ってくれた人全員に。絶対。

【読書】YUIGON ~もはや最期だ。すべてを明かそう。/ 浜田 幸一

By , 2012 年 1 月 7 日 12:07 AM

あのハマコーさんの本。
facebookで、ハマコーさんご自身が繰り返し宣伝されている、そのコメントが毎回熱いので、ハマコーさんに1票を投じる気持ちで、購入しました。

その一生は、それはそれはめちゃくちゃなんだけど、その情熱は本物で、いつも自分の信念に正直に、自分の価値観に対してまっすぐに生きてきた人です。
話のスケールが大きすぎなので、ささいなことで悩んでる場合じゃないって気持ちになってきます。

やっぱりすごい人ですね。
元気が出ました。

——-

ほんとにそうです。

ちょっとでも失敗しないように、
ちょっとでも損しないように、
常識の範囲内で、
他人がやってることを真似して、
大きなものの陰に隠れるような生き方というのは
ハマコーさんが言う通り、思考停止の元。

なんか、すごいなって。
人生、なんでもありだなって、思う本でした。

ミラクルを信じない人もいる

By , 2012 年 1 月 4 日 9:36 PM

私は本気で、ありえないような幸運とか、信じられないような成功というのが、この世には絶対あると信じてて、
それに出会ったときの喜びを体験したくて、平穏な人生よりもチャレンジを選んでしまう傾向があるんだけれども。

でも、筆文字に関しては、そんなことを本気で思ってるのは私ひとりで、あとのひとはみんな
「そんなに飛躍的に売れるわけがないから」
とか
「いきなり10倍とかありえないから、こつこつ続けないと」
とか言ってる。

こつこつ続けるのを否定はしないけど、売上を1.2倍にするための「こつこつ」じゃなくて、10倍にするための「こつこつ」をやらなくちゃいけなんじゃないかと思う。

だって、世の中の人たち、みんな「こつこつ」やってると思うもん。
同じようなことをやってたら、同じような結果しか出ないでしょ?
人より頭一つ抜きんでるために、何ができるのかを、常に考えないと。とか思うわけだけど、最近は

そういうことを、普通の人に要求しても、無理かもなぁ…

と思っちゃうので、そこんとこを悩んでます。

大きな成功には、大きな負担も、ついてくると思うのです。
常時、必死に考え続けないといけないし、ばくちみたいに、いろんな手を打たないといけないし、目立つこともやらないといけない。目立てば当然、批判もされるだろうし、今みたいに陽が当たらない所でうだうだしている幸せっていうものも、あると思うので。

本人に、そういうものを手放す覚悟があるのかないのか。
手放して、有名になって、果たして本人が幸せになれるのかどうか。

そこんとこを判断することが、私にはできません。

それに、そんなふうにいつもいつも他人に言われ続けないとがんばれないような人が、いつか芽を出すとも思えないし。

誰だって、自分の人生、自分が必死になって、切り開いて、それでようやく結果が出るんじゃないのかなぁ。

のほほんとしていて、そのうち誰かが助けてくれるからいいや〜、みたいなことで芽が出る人って、ほんとに、よっぽどの実力がある人なんだろうから、もし彼がそうなら、アタシが助けなくてもそのうち誰かが助けてくれるだろうし。

…と、いろいろ考えた結果、結局のところ、ミラクルを起こそうと思って起こせる可能性があるのは、自分自身の人生だけかなって、今日思いました。
逆に言えば、自分の人生にさえミラクルを起こしてない私が、他人様の面倒をみようなんて、100年早いわっていう話で。

けれども、彼や他の人にミラクルが起きないからと言って、私の人生にもミラクルは起きないなんていう理屈は承伏しがたいので、私は私の信念に従って、自分の人生が終わる最後の一秒まで、ミラクルな展開を期待しつづけることにします。

私、マジで、年収1億越えの人間になる。
そう決めた。

人生は投資。何に投資をするか、あるいは投資をされるか。

By , 2012 年 1 月 4 日 1:58 PM

ディスカバリーチャンネルで元旦から「世界を作った男たち」という特集を放送していて、スティーブ・ジョブズのパートを見たくてビデオに撮ったのですが、実際に見てみると、それよりも、億万長者の投資家ウォーレン・バフェットと、マイクロソフトのビル・ゲイツの番組のほうが面白かったです。
ビジネスの巨匠たち バフェットとゲイツ | ディスカバリーチャンネル

ジョブズのパートは、ライターや関係者による回想なのに比べて、バフェットとゲイツのほうは、本人が出てきてしゃべっているので、メッセージが直接伝わってくるし、ふたりともジョブズに比べたら「普通の人」なので、組織の管理の仕方とか、人材の登用の方法とか、他の人でも参考にできるような内容だったと思います。

で、録画を2回見たあとで、私が理解したのは

・人生は投資だ
・勝とうと思うなら、勝つ馬に賭けないといけない

という、なんとも当たり前の、事実。

私の人生の失敗は、間違った「馬」に賭け続けてきたことだと思う。
負ける馬をどうしたら勝てるようにするかを、ずっと考えてきたけど、結果を出したいなら、賭ける相手を変えればいいだけのことかもしれない。

さてここで問題です。

賭ける人がいれば、賭けられる馬もいる中で、自分はどのポジションを取るべきか。
私自身は、競走馬として、果たしてどうなんだろう。
レースにも出てない無名の馬。
弱いか強いか、データさえない馬。

負け馬に賭け続けるのと、データのない馬に賭けるのと、さて、勝機はどちらにあるでしょうか。

難しい問題ですね。
バフェットの場合、投機はしない、投資するだけ、と言っていましたから、過去の実績で勝ったことがある馬にしかお金は賭けないと思いますが、さてさて、馬の立場から見たらどうでしょうね?

願わくば、走る馬として、勝つ馬として、多くの投資家に賭けてもらえる馬として、レースに出てみたいものです。

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