サクラマス釣りと駄文

おはようございます!

目が覚めたらテレビでNHKのニュースで九頭竜川でサクラマスをフライフィッシングで釣ってる男性が出てて、

サクラマスというのは産卵のために遡上しているのでほとんどえさを食べず、とっても釣りにくい魚で、この人も、毎日やってるのに3年に1匹くらいしか釣ったことがなくて、取材の日も結局釣れなかったんだけど、

川からあがって第一声
「楽しいーっ!最高でした!」
って、心からの笑顔で言ってて、ああこれ、って思いました。

彼いわく、釣れるのは結果であって、ほんとうに楽しいのは、プロセスだと。

水面のちいさな動きをみて、あそこにサクラマスがいるんじゃないかと想像をふくらませ、手作りの毛鉤を選んで、川に入る、そのすべてが楽しいんだって。

これですわ。

プロセスに楽しさの真髄があるという。

お金がもらえるなら何だってやるって思って引き受けても、ぜんぜん楽しくない仕事だった場合、もらった金額が安くても高くても、まったくペイしない感じがするのは、このことだったんだなと。思い当たりました。

やっぱり、自分がやっていて楽しいこと、情熱を感じることをやるべきで、なぜかと言うと、やることというのは、本当に有限な自分の人生時間とバーターになってるからです。

人は仕事のことを、お金と引きかえだと思っているけど、それは正確じゃない。
お金は、ただ自分のところに流れてきている量が少ないとか足りないとかいうだけで、全体量としてはほぼ無限(個人で使う量として見た場合)

それに対して、自分がこの世で経験できる絶対時間は、だいたい決まってるわけで、有限。
今まで、いちども死ななかった人がいないことでそれは証明できる。

で、そんな有限な人生時間を、何と引き替えにしていますかという話で、お金と引き替えにやりたくない仕事をするのと、やってるときすでに楽しく、さらにお金ももらえる仕事をするのと、どっちがいいですかという話。

そんな仕事あるわけないって言うけど、
いや、あると思う。
なければ作ったらいいと思う。

あるいは今している仕事を心底楽しんでも、いいかもしれない。できるなら。

いずれにしても、仕事をしているときもしていないときも、常に、人生時間は進んでいるので、

楽しい気持ち、すがすがしい気持ちで、暮らしちゃおう。

…そういえば私、こうして駄文を書いてるとき、かなり楽しい。
1日1回じゃなくて、何回も書きたいときがあるけど、がまんしてたりするくらい。

  

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