WEB専業コンサルの盲点とは。

〜極小ネットショップオーナーの立場から〜

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ビッグデータもバズワードになったんだなあ: やまもといちろうBLOG(ブログ)

やまもといちろう氏のいいとこは、投資家なのに実務に明るいとこで、実際の現場を見てる人だなって感じがするところです。

データの分析は大事なことかもしれないけど、日本全国とか、世界をターゲットにした大きな商売ならいざ知らず、うちみたいな極小の商いでは、数字の分析より、体感的な「感じ」のほうが当てになる。

過去に何人かの「アナリスト」や「コンサルタント」さんに指導を仰いだこともあるけど、どの人も正直、言ってることが的外れ。

数字の分析は確かかもしれないけど、そこから出てくる提案に「コスト感覚」がないのが一番の問題。
だから、簡単に「季節の新商品を投入しましょう」とか言う。

たとえば、年末の売上減を埋めるためにカレンダーはどうだ、という案は出やすい。
何度かやってみた。
でも、カレンダーは、年末の1ヶ月で売り切らない限り、永遠に売れない。
だから、たとえば500円のものを10冊仕入れて、そこに筆文字を書いて2000円で売ったとすると、少なくとも3冊は売らないと原価割れだ。そして、定番じゃない季節商品を1ヶ月で3冊売るというのは、現状では厳しい。そもそも「カレンダー」なんてワードではSEO対策も取ってない。しかも年末はアクセス自体が少ないのだ。

売れ残ったカレンダーはそのまま置いておいたら可燃ゴミになので、年明け早々に知り合いに買ってもらうことになる。現実には、無理言って買ってもらうので値引きして1000円とかで譲ってしまい、結局は仕入れた金額を回収するのでせいいっぱいだ。

一事が万事。
定番で売ってる商品は、仕入れ値も安いのを選んでるし、在庫も常時、一定の量を確保している。
でも、そうじゃない商品はたいがい、仕入れも高いし、売っても利益にならない。

そりゃあネットショップにも季節ごとのキャンペーンやプレゼントで話題作りが必要なのは分かるけど、
「費用対効果」
ということがなかったら、たとえ一時的なアクセスが増えたとしても意味がない。

ネットショップでも裏側は実店舗同様、仕入れもすれば在庫も持つ。
この「在庫」とか「仕入れ」、そして「売れ残りのリスク」とかいう、物品を扱うバックヤードの存在をイメージできない人には、ネットショップの運営はできても、事業のコンサルはできないと思うのだが、どうだろう。

ネット専業のコンサルさんは、ネットオークションでもいいから、一度、自分で商品を仕入れて、保管して、販売するということをやってみたらいい。そしたら、損得の分かれ目、やるべきかやらないべきかの判断の基準がおのずと分かってくるはずだ。

仕入れた商品も、紙や衣類は日焼け、虫食いもする。そのための部屋や棚、ケースだってばかにならない。
実際に起きていることは、お金だけでは測れないのだ。

こうしたいろんなことが、裏側にはあるんだ、というのを想定した上での提案をしてくれないと、ただ数字だけ見て頭で考えたアイデアを言われても、弱小ネットショップオーナーにはついていけないんですよね。。。

まあ、うちの場合は、ネットショップは実店舗の「補助」という位置づけで、必要最小限のメンテと更新だけというふうに、運営方針自体をシフトしてしまったから、二度とコンサルさんを頼むことはないでしょうけどね。

以上、個人的な体験をシェアしてみました。どこかで、誰かの参考になれば、幸いです。

IMSLP/ペトルッチ楽譜ライブラリー

ピアノ再開

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昨日、何年ぶりかでピアノが弾きたくなって、古い楽譜を出してそっと弾いてみました。
(指が動かないので、そっとしか弾けない)(‥;)
演奏はダメダメだけど、10本の指に力を込めて鍵盤を叩く感触が気持ちよく、なんとなく脳が活性化しているような感じも。
せっかくアコースティックピアノが売らずにとってあるので、これからはちょくちょく弾こうかなと。

それにしても、子どもの頃あんなに毎日練習させられて獲得した技術も、封印して弾かないので劣化する一方。
考えてみれば、ピアノ教室で弾かされた曲しかレパートリーに入れてはいけないという決まりもないわけだ。

教室に通っていた頃は、技術レベルに応じた曲しか弾かせてもらえなかったけど、楽譜はAmazonでも買えるんだし、弾ける弾けないは別として譜面は今でも読めるんだし、好きな曲を練習したら、いいんじゃない?

と思って、憧れのリストの楽譜を注文などしていたところ、facebookで知り合いがこんなサイトを紹介していた。

IMSLP ペトルッチ楽譜ライブラリー
(IMSLPは、International Music Score Library Project(国際楽譜図書館プロジェクト)の略、だそうです)

ここはクラシックの楽譜や演奏を無料で利用できる投稿サイトです。
「世界中のパブリックドメインの楽譜はわたしたちの財産です」って書いてあります。
パブリックドメインってなんなんでしょう。説明ページを見たけど長くてちっとも意味が分かりませんでした。

試しにショパンのエチュードをひとつダウンロードしてみたら、鉛筆で指番号の書き込みが2カ所ほどあって、どうやら投稿者が自分が使っていた楽譜をスキャンしてアップロードしているようです。
面白いのは、楽譜といっしょに、その楽譜を演奏した音源もダウンロードできることで、演奏を聴いて音を確かめながら、楽譜で練習ができるということですね。

演奏も楽譜も、それぞれ出典が明記されていますが、演奏はともかく、楽譜のほうは出版元がOKしているのかなって、ちょっと疑問ではあります。
海外の出版社でしたが、もともと西洋のクラシックの楽譜って日本語は一切書いてないので、海外のものでも全然OKです。

ショパンの練習曲のOp10のNo.1は、こちらのCDの一番上の曲です。
楽譜を見ても演奏を聴いても、とてもじゃないけど自分に弾けそうな気がしませんが、あきらめず根気よく練習してみようと思います。

【音楽】SPACY 山下達郎 (2002)

〜過去への扉〜

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1977年発売のセカンドアルバムのリマスター版。
当然持ってると思ってたけど手元にないのでAmazonで購入。
持ってたのはLP版か、あるいはそれを録音したカセットテープだったみたい。

なんといっても最初の「LOVE SPACE」が秀逸。達郎には涙なくして聴けない懐かしい曲がいっぱいある。

中学一年で転校した関市に最後までなじめず、暗くて退屈で楽しいことなんかひとつもなくて、早く終わればいいのにとただひたすらやりすごしていた中学・高校時代。
そこからようやく解放されて、実家を離れて、さあこれからがほんとうの自分の人生って、希望がぱ〜っと広がった大学1〜2年の頃に聴いていた山下達郎と吉田美奈子。

実際にはそんなにすぐにバラ色の人生に変わったわけではなかったけど、でもあの時の「あたしは絶対幸せになる」「私の人生はなにがあろうと私のもの」という確信があったから、その後のいろんなことにへこたれずに自分らしく生きてこれたと思う。

この時期の達郎のアルバムには、坂本龍一や細野晴臣をはじめとして、村上”PONTA”秀一、向井滋春、斉藤ノブなど、のちに大御所になった人たちがいっぱい参加している。当時は無名だった彼らがこの時期にここで出会っていたんだなって、ライナーノートを見ていると不思議な感覚になる。

出会いはやっぱり偶然じゃないんだ。
運命の渦に巻き込まれるように出会う必要のある人は必然的に出会い、そしてそれぞれの流れへと別れていく。

その後、1980年を過ぎてからは世の中は右肩上がりに明るく豊かになって、最後はバブル景気でピークを迎えたのだけど、思い返せばあの、私が大学に入った1980年のちょっと前くらいの時期に、なにか、世の中の潮流が変わったような気がする。

ほかの世代の人もみんな同じように、自分の20歳くらいの時に世界がいっせいに変わり始めたように思うのかな。

洋楽ではEW&Fなんかも同じ時期で、今でも、あの頃の曲を聴くと当時の気持ちに戻れる。

去年のはじめに、突然、筆文字販売やらWEBやらビジネスやら、本来の自分ではない人まねみたなことはやめて、元いた場所に戻ってやりなおそうって思った、その「戻る場所」のひとつが、この時期の自分のいた場所のような気がする。

あの頃は、まだ若くて、欲しいものがいっぱいありすぎて、足を止めることができずに通り過ぎてしまったんだけど、確かにあの場所に、くぐるべき異次元への扉があったような気がする。

もっと若い頃には苦もなく通り抜けて行き来していた扉なんだけど、今では通り抜けるどころか、扉の場所さえ探せない。そんな扉も、今ならまた見つかるような気がする、今日この頃です。

【宝塚】ME AND MY GIRL 千秋楽

梅田芸術劇場メインホール

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ずいぶん前にチケットを入手した時(※ 2月19日でした)、「5月20日なんて、すっごい先の話! その頃、自分が何をしてるか、ちょっと想像できないなー」なんて思った記憶があるけど、確かに、3ヶ月前の自分と今の自分を比較すると、表面的には変わらなくても、内側はものすごーく変わったような気はします。

このチケットを取った頃は季節も冬で、ほんと寒くて、中日劇場の壮さんお披露目雪組公演や、ドラマシティのまっつ「ブラックジャック」観劇は、着ていくものを選ぶにも「防寒優先」だったのに、今日は雨の予報がこんなに晴れちゃって。新幹線のホームでも待合室に入らずのんびりベンチに座っていられて、ほんとに気持ちがいい。今が一年で一番いい季節かなぁ。

DSC_0310
月曜午前中の「のぞみ」はこれから仕事に向かうビジネスマンばかりで、あたしだけ、宝塚観劇なんちゃって、もうほんとに、申し訳なく思っちゃうほど。

梅田芸術劇場の場所は、前回、【宝塚】ブラックジャック/雪組/梅田 ドラマシティで覚えたんだけど、今回は地上の「メインホール」。

DSC_0312
私は2階席の左寄りたけど、最前列だったので、ちょっと前のめりになれば1階席を見渡せて、何回もあった客席降りもよーく見えました。
先日の東京宝塚劇場の2階席よりも、足もともゆったり広いし、ストレスが少ない感じ。(東京宝塚劇場は2階席がステージに近いせいで1階席が見えないのです)

いい劇場ですね。
トイレが少ないやら、出入り口が少なくてなかなか外に出られないやらは、名古屋の中日劇場や市民会館並みですが。(その2点については、東京宝塚劇場に軍配)

なんて、劇場の講評はどうでもよくて、中身ですね。

有名なミュージカルで、宝塚でも今回が7回目の再演だそうです。
ストーリーは、逆「マイ・フェア・レディ」で、下町育ちの青年が貴族に生まれ変わる、ついでに「My Girl」つまりもともと付き合っていた彼女まで(劇中で名前だけ出てくる「ヒギンズ教授」の訓練を受けて)淑女になっちゃって、大団円というお話。

なんと言いますか、心に傷を持ったちょっと陰のある主人公が出てくる話が好き(※つまり大空祐飛さんが演じるようなキャラクターが好き=祐飛さんが好き)な私には、少々…ずいぶん…退屈なストーリーなのは間違いないことでしたが、わたくし、劇中歌の「Once You Lose Your Heart – Me and My Girl YouTube」がめちゃくちゃ好きなんです。

宝塚バージョンでは「一度ハートを失ったら」で、歌詞が日本語になると違う曲みたいなんですが、それでもやっぱり良い曲だなって。
なので、今回、1幕終盤のこの曲の独唱部分が、ワタシ的には目玉でした。

そしたらこれが!
めちゃくちゃ良かった!歌!
トップ娘役の愛希れいかさん、そっんなに歌唱力絶賛ってタイプじゃないと思うんだけど、この歌、めちゃくちゃ良かった。キーが合ってるっていうか、気持ちで歌ってるっていうか。

恥ずかしながらあたくし、暗闇の中で涙が止まりませんでした。はい。。
すぐ休憩とかじゃなくて、良かった。
明るくなったとき、だーだーに泣いてるとちょっと恥ずかしいもんね。

その他、定番の「ランベス・ウォーク」などたくさんあった見所は、ばっさり割愛して。

不満だったのは、役代わりのB日程で、星条海斗さんが執事になっちゃって、ほとんど台詞もないし、最後の歌のソロもないし、「なーにー、せっかく来たのに」って、超がっかり。
しかたがないから、舞台の後ろのほうで小芝居をしているのをオペラで見ていましたが、最後の歌、星条海斗バージョンで聴きたかった。ぐすっ。
スカステで放送されたらしっかり録画しようっと(気が長い話)

全体としては、去年の全国ツアーの「愛するには短すぎる」とよく似た、明るくて根はまっすぐな好青年のキャラは、トップの龍真咲によく似合っていたし、今日はまた千秋楽ということで、随所でアドリブも盛りだくさんで、とても楽しめた公演でした。

千秋楽なので、挨拶があって、カーテンコールも何回もあって、終わって時計を見たら4時30分で、そこから走って5時ちょうどの新幹線に乗れたのは我ながらがんばったと、自分を褒めてあげたい。
けっこうきつかった。
梅田芸術劇場ってJR大阪駅から歩いてすぐって思ってたけど、焦って小走りしてると、意外と遠い。道はくねくねしてるし、アップダウンもあって(っていうか多分、ずっと地上を走って行っても良かったのかもしれない。階段を上がったほうが信号とかパスできて早いかなって思っただけ)、膝がくがくですが、やればできるもんだな。
5時の新幹線に乗ると、そのあと乗り継ぎがスムーズなので、絶対乗りたかったんですよね。

というわけで、2月からずっと楽しみにしていた「ME AND MY GIRL」観劇は往復の道中を含めて全部、楽しかったです。

次は8月の宙組全国ツアーまで、しばらくお休みかな。
そのあとは多分、月組の「ルパン」を東京で見たいかも。専科の北翔海莉さんも出演だそうですよ。必見!

人生はクロールと同じ。右を掻いたら次は左。

〜幸運に感謝!〜

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チャイナリスク吹き荒れる中国で一人勝ちのCPグループ ~「風険投資」で投資を拡大し続けるハイリターン経営とは? 文/モーニング編集部 | 弘兼憲史のアジア立志伝 | 現代ビジネス [講談社]

先日、NHKで特集を見ました。
タイ生まれの華僑、タニン・チャラワノン氏の勇猛果敢な中国ビジネスのお話で、面白かったです。

でも、誰もがこんな発想で行動できるとは思いません。
リスクを取らなきゃ成長はない、とみんな口では言うけど、実際にそれを行動に移そうとしたとたんに、周りから猛反対を浴びて、止められるに決まってます。

成長しながらも、ゼロスタートのベンチャー魂を忘れずに、新境地に向かってチャレンジできる経営者なんて、ほんの一握り、いるかいないか。
サラリーマン社長で、委託された経営権をつつがなく次に渡すことしか考えてないような人とか、二世・三世経営者で、先代から譲られたのれんを維持することが命題な人には、できない発想(というか決断)があると思います。

そう思うと、私は、引き継いだ遺産のようなものがなくて、ほんとうにラッキーです。
個人事業を始めた当初は、何をやるにも、周囲から反対されたけど

(ばかみたいな話です。リスクがない、失敗してもどうってことないようなことですら、新しいことをやろうとすると「失敗したらどうするんだ」って止められていたんですから)

失うものは何もないどころか、むしろ丸ごと失ってしまいたいというくらいの、どん底な状態からのスタートだったため、周囲が反対しようが何されようが、とにかく一歩でも、前に進むしかなかったあの頃。(←元夫が引きこもって、突然収入がゼロになった時のこと)

今にして思えば、私はなんてラッキーだったんだろうって、ひれふして感謝したいくらいです。(※元夫に向かってではなく、神さまとか天の配剤みたいなものに対して、です)

ほんと、あの出来事があったから、私は家庭内では、ただ夫についていくことを期待される主婦から脱して、なんでも自分の裁量で決められる立場になれたし、社会的にも、いろんな仕事に実際に関わる経験をさせてもらって、結果的には、自分の外の世界にどれだけ探しても、自分がやりたい仕事はないんだ、ということを確信できたので、大変だったけど、私には必要なプロセスだったんだと思います。

上記のタニン・チャラワノンさんだってきっと、理解されなかったり妨害されたりしながら、自分の意志を貫いて、今の状況を作り上げてきたはず。

私はビジネスパーソンではないけど、それでもやっぱり、何か新しいことを志すと、必ずと言っていいほど、周りと摩擦が起きてきます。

だから最近では、家族とか、近い人から批判されたり反対されたりし始めたら
「ああ、また新しい変化が始まっているんだな。もっと勢いを上げて進めという合図だな」
と思うことにしています。

何も結果が出ていない時期に、どれだけ言葉を尽くして説明しても、あたしのことを信用していない人を説得することは絶対に無理ですから。
そんな無駄なことにエネルギーを使うより、反対を無視してさっさと行動に移すのが正解。
やりつづけて結果が出て、その結果を見て、人はどうこう言うのであって、ゼロの地点からあたしのことを信じてくれる人なんて、世界中を探しても誰もいない。

だからせめて、私だけは、自分を120%、200%、いやいや1000%、信じてあげないとね。

それにしても、生きてるってことは、常に泳いでるのと同じで、水をかくのをやめたら沈むわけなんだから、ひとつうまく行ったらそれを継続してる間に次のことを始めるに、決まってると思うんですがねー。
クロールと同じで、右手を掻いてる間に左手をリターンして次に備えるんですよ。

なんで、そんなシンプルで簡単な仕組みが分からずに、なにがなんでもひとつのことをやり続るのがいいなんて考えるのか、さっぱり理解できません。。