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※ 『むか☆シス』当時のふたりの自己紹介です ※

チナツ
 

43歳、子どもは2人。21歳の娘と19歳の息子がいます。
元夫のYはデザイン事務所をやっていますが、9年前に家を出て別の女性と同棲していたので、子どもたちは父親なしで育ってしまいました。自宅近くに建てたYの事務所建物が、私の父親の土地に建っていて、まだローンが1千万以上残っているなど、財産問題があったことが、離婚を難しくしていましたが、このほど、10月31日にようやく離婚が成立しました。
(というより、私が自腹を切って弁護士を頼んだために、ようやく進展した、ということです)
経理としてYの会社で働いていた私は、会社を支えるためにかなりの額を会社に貸していましたが(たてかえていたのです)、結局返してもらえず、職もなくなっちゃいました。
かろうじて、私の父親の土地にYの事務所として建てた建物の名義をもらったのはいいんですが、まだ1千万以上のローンが残ってて、これをYが払えなくなったら即、競売という危うい状況です。

 
 

キッコ

 
 

41歳、子どもは2人で小学校5年と3年の女の子。 広告デザイン会社をやっていたダンナの希望もあって、10年間、専業主婦してました。
ところがそのダンナのTがうつ病で、1月「もう会社をやめたい」と言い出し、趣味の筆文字とうつ病の人向けのメールマガジンを書きたい、働きに行くのはイヤだって言うのでいきなりパニックです。
とりあえず就職を探したけど見つからず、こうしてHPでむかつきを発散しながら、ネットオークションで不用品を売り始めました。
ところがチナツちゃんの広〜い人脈のおかげで、いろんな商品が寄付されたりし始め、ついには9月、商工会議所の貸店舗で雑貨屋までやることになり、その後も物品販売を立て続けにやることになり、もう初めてのことばかりで目が白黒でした。
ダンナとは年末大げんかになり、離婚届も書き込み、いつでも出ていく覚悟を決めてます。

 
むか☆シス 1年の出来事
2001年
4月
チナツの事務所2階で『むかつき☆シスターズ』を名乗ってホームページを作りはじめる。同時に自分たちの不用品をネットオークションで売りはじめる。
5月 チナツの所に遊びに来る人たちから、不用品をいただく。特に、アフリカ雑貨の売れ残り品を20箱ほどもらってびっくり。
6月 キッコ、友人からもらった子供服約100枚をネットで売りさばく。
8月 チナツとキッコ、初めてフリマに挑戦。月末、商工会議所からチャレンジショップの話をもらう。
9月 岡崎市康生通り商店街にて、チャレンジショップを1ヶ月間体験。
10月 ショップのお客さんの紹介で、ジャスコ岡崎南店のイオンモールに、テーブル出店する話をいただき、準備に奔走。チナツ、離婚交渉が大詰めに入り、書類集めや弁護士との話し合いに奔走。
11月 チナツ、9年の別居を経てようやく離婚成立。イオンモール出店スタート。
12月 商工会議所から、再度チャレンジショップ出店の話をいただき契約。商品探しに奔走。骨董品に関して数々の出会いあり。
キッコ、何事にも後ろ向きなダンナに愛想をつかし、離婚を決意。
2002年
1月
岡崎市康生通りチャレンジショップ『寄ってく館』に出店。キッコの夫、就職が決まる。
2月 キッコ、ビッグサイトの雑貨展示会に行く。
3月 チャレンジショップ終了。


2002年 むか☆シスのその後

「むか☆シスが終わって2ヶ月くらい、疲れてぼ〜っと過ごしていましたが、夏ごろからいよいよ、むか☆シスの事務所の1階を、改装して居酒屋を始めました。
 すばらしい工事屋の大将に出会うことができ、最後に残ったなけなしの資金で工事をしてもらいました。工賃を押さえるために自分たちも働き、なんとか銀行からの借り入れはナシでオープンにこぎつけました。」

「以前は遠い夢だと思っていたけど、『むか☆シス』をやっているうちに、なんだって、やろうと思えばやれるような気がしてきて、思い切って始めました。」

「この不景気な時に店を始めるなんてバカ・・・とか、たくさん言われたけど、そういうのはあまり気にしないで、マイペースでやっています。どうぞご支援ください。」

のみ処 くうかい

岡崎市柱町世戸荒子1番地
0564-53-7177
(定休日)日曜と第3月曜
(営業時間)午後5時〜
「『むか☆シス』終了の頃には、夫の就職が決まっていました。
不思議なことに、『むか☆シス』の連載が終わるのを待ちかねたように、ホームページ制作の注文を個人的にもらうようになりました。夫が再就職した会社のほうからも、広告コピーやWEBページ制作の仕事も来るようになりました。気がつくと「コピーライター」「WEB制作者」になっている自分が意外です。」

「1年間、そうして仕事をしながら、今までの自分のことをいろいろと考え、今もがんばっているいろんな人の話を聞くうちに、「やっぱりこれだけは言っておきたい」ということがたまってきたので、メルマガ『女が稼げば年収2倍!』の発行を決めました。」

 
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