メモ:扉をくぐる?

書かないときっと忘れてしまうので、メモっておきます。
忘れたら忘れたでぜんぜん構わないんだけど、何年もたってから読み返すときっとまた、「ああこの頃は」と懐かしく感じると思うから。

最近の心境の変化について。

昨年の秋に次女が一人暮らしを始めたあと、家でテレビを見る時間が減った。減ったというより、ひとりでいる時は必ず消している。そうすると、自分の頭の中の言葉がよく聞こえる。考え事をしているつもりはなくても常に何か考えている、そのことに気づく。

そういうわけで私は自分の中の言葉によく気づくようになり。

そして、現実の生活の中で自分が人に言う言葉と、心の中の言葉に、ギャップがあることに気づくようになり。

そしてついに、現実の生活の中で言う言葉を、心の中の言葉に合わせたいと、強く思うようになった。

その結果、起きたのは、今まで「これが好き」「これをやる」と決めてやっていたことの大半が、実は好きじゃなく、実はやりたくもなかったということ。
具体的には、筆文字ショップの運営。ビジネス戦略の情報収集や企画・準備・実行。資金についての一切。
つまり、今までやってた仕事のほぼ全部。

それだけじゃない。
もっといやなことがあった。

この家での暮らし。
Kがいる人生。
毎日の食事。買い物。さまざまな選択と決断。支払。

気づいてなかったけど、仕事以外の生活の部分でも、毎日多くの選択と決断があって、今日のおかずは何にしよう、というようなささいなことでも、いちいち、これにするとKはイヤな顔をするだろうなとか、そういう細かい、イヤなことをたくさん思い出し、考慮し、その結果としてメニューを選択する。

疲れるんだ。

古くなったトイレマットを、いつ買い替えようか。とか。買い替えなくても古いままでも、機能としては問題ない。ただ、それを見ている私が、みすぼらしい気分になる。だから新品に取り替えたい。だけどいつ? 今日、それとも来月? 決断には合理的な理由などない。「欲しいと思ったから」でしかない。

そしてだんだん気づいていく。
トイレマットだけじゃない、あらゆることが、私の「欲しいと思ったから」という理由で選ばれるべきだと。

そうするのが正しいから、といっても、本当に正しいかどうか永遠に分からない。

SEOの本に書いてあったから、あるいはセミナーでそう言われたから、そのようにやってみる。と言っても、うちとまったく同じ商材で文章までまるっと完全に同じサイトを運営した人は、ひとりもいないわけで、他のサイトで効果が出ても、うちのサイトで同じ効果が出るわけじゃない。あくまでもケース・バイ・ケースだ。

では私は何を基準に、サイトの改造をしたらいいのだろう。
改造する? あるいは現状維持でいく? それとも?

選択肢は無限にあるのに、正解がどこにあるのかは、やってみないと分からないなんて。これは何の罰ゲームなんだろう。

そして気づいていく。
これは間違っている。
こうすればモノが売れるなんていう法則はない。
目に見えない何かが伝染して、たまたま欲しいと思ってるだれかに届いてるんだ。
少なくとも、そうじゃないということを、誰も証明はできない。
証明できない以上、そうである可能性は否定できない。

SEOの本には絶対に書いてないけど、実際の運営上は、そういうことが起きているんだ。

つまり、この世界はスピリチュアルで、それは精神世界が好きな人だけに起きてるんじゃなくて、眉間にしわを寄せてまじめに仕事をしている人の上にも同じように起きている。
気づくか気づかないか、認めるか認めないかの違いでしかない。

それに、気づいたとき、今まで信じてきたあらゆる基準が、揺らぐ。
必ずしもそうしなくてもよかったこととか、
むしろ、それをするからうまくいかなかったんだとか、

ものすごくたくさんの気づきを得て、ついには、生き方全体が変わってしまう。

昨日まで好きと思ってたものが、ほんとは好きじゃない。
昨日までがまんすればうまくいくと思ってやってたことが、実はすべての元凶だと気づく。
自分ががまんすることでみんなが幸せならそれでいいと思って生きていた時期に、押しつぶされた本当の自分が、どろどろと腐った血を流していたこと。その毒が自分やまわりの成功や幸せを阻害する原因になっていること。そんな自分を責めれば責めるほど物事は停滞しさらに毒が増えること。勇気をもって、ほんとの自分が望んでいることを、正面から受け入れ、実現に力を貸すことで、ようやく私は解放され、毒気は消え去り、かつて感じていた自由が戻ってくること。

まわりの期待に添うために行ったことで、自分が幸せになったことは、実は一度もなかったこと。
愛されていないと子ども時代から思い込んでいたために、愛されるために必死になって、期待に応え続けていただけだってこと。
でも実は、親や周囲がどうだろうと関係なくて、私は宇宙全体から愛されて育ち、今もその愛の上に呼吸しているってこと。

最大の恵みは、それでもいつか死が訪れるということで、永遠に続かないからこそ、人生は生きる意味があるって気づくこと。

そんなことを思いながら、SFファンタジーを必死になって書いていて、何度もどころか毎日挫折しそうで、もうやめよう、もうギブアップしようと毎日思い、そのたびに、途中まで書いちゃったものが宙ぶらりんになるのがイヤで、もうちょっとだけ書いてみよう、もうひとがんばりしてみようと書き続けて、それでもまだ完成していないんだけど、あと数日で締め切りになるので、それを過ぎたらもう書く機会すらない。

ということは、書く機会がある今が、いちばん幸せな時なのだと、そんなことにも気づく。

きっとこれが終わったら寂しくて、もう二度と会えない登場人物たちを愛しく思うに違いない。

なので、あと数日、ほんとにがんばって、最後まであきらめずに、ベストを尽くす。

それが今の私の、いる場所です。

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