3.11で被災しなかった私に起きたこと

2011年の東日本大震災と、続く原発事故の追悼で、いろんな人がブログを書いていました。

SEOを勉強してたときに知ったカリスマブロガー(?)の永江一石さんも、3.11から6年経過して思うこと | More Access! More Fun! という記事をアップされました。

あのときずーっとテレビにでっぱなしだったNHK解説委員の水野さんのインタビュー記事も出ました。
NHK解説委員「水野さん」が語る、いま福島で起きていること(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

それで思い出したのは、そういえば私も、あの震災の直後に内面的に大きく変化したんだった、ってこと。

あの震災と原発事故で、私はがつんと頭を殴られたみたいなショックを受けて
「はっ!」
「わ、わたしはいったい、ここで何をしていたんだろう」
と、目が覚めたような気がしたのでした。

それまで、私は、なんでもいいからとにかく有名になって、何かでブレイクしたいと、必死でした。
自分自身が有名になって…というプランをやりつくし、2011年には筆文字販売を専業にしていたのでつとむを有名にするためにできることは全部やる! という基本姿勢で生きていました。
当時、USTREAMの動画リアルタイム配信が流行っていて、固定ファンを掴むのにいいと聞いたので、毎週1回、耕望から生中継というのをやりはじめていました。

私が話題を決めて、進行役として隣に座って、つとむがおしゃべりするという形式。

数回続けて、話すこともなくなって、どうしましょう、というタイミングで、震災が起きました。

私はもう、震災の報道で心底ショックを受けていたので、USTの放送でもそのこと以外にしゃべることなんてあるわけがない状態。
ところが、つとむは全然違ってて、当日もふつうに、なんてこともない話をしていました。
たしかに、筆文字の売り上げを上げるための放送なんだから、そんなネガティブな話題はふさわしくない、という意見にも一理あるけど、私には無理!

そんな、自分がいちばん話したいことを話せないような放送を、なんで私がやらなくちゃいけないのか、どうしてやっていたのか、まったく分からなくなってしまいました。

それで、私はもうUSTをやめるって言ったら、つとむも、じゃあやめるって言って、UST放送は中止になりました。

私だけじゃなく、つとむにも、最初から、放送で話したいことなんて何もなかったんです。
ただ、私がやれというからやっただけ。

その他のことも全部そう。
全部、私が筆文字を売るために、目立つことをやって有名になってもらうために企画して、つとむはやれと言われるからやっているっていう状態。

これっていったい、何?
私はなにをやってるんだろう?

生活に必要なお金を稼ぐため、というのは分かるけど、私って本来、ここにいてこんなことをするために生まれてきたわけじゃなかったよね?

…と、忘れていた、あるいは封印していた本来の自分が、「はっ!」と目覚めてしまった瞬間でした。

で、その時を境に、

有名になるために、とか
顔を売って人脈を広げるために、とか思ってやっていたことをどんどんやめて、

本来、自分のやりたいことじゃなかったことを、少しずつやめていって、

そして今に至ります。

それ以前は目を血走らせてやっていたオープンソース系の勉強会の主催とか、世話役とかももう無理ってなって。
ひたすら引きこもって、人に会わないようにする日々。

その年から、どうしてか分からないけど、1年に1本ずつ小説を書いてはいろんな新人賞に投稿するようになりました。
年に1本と決めていたわけじゃないけど、さっき確かめたら、2011年から6年間、毎年何か書いては応募していました。

今年もそんな季節が来ているんだけれど、書けるかどうかはわかりません。

たぶん、小説を書くのは、私にとって、見失ってはいけないなにか大切なものと向き合う、約束みたいなもの。
遠い昔、どこかで誰かに約束したような気がする、なにか大切なこと。

見果てぬ夢みたいなもの。

そんなもの。

東北の地震と津波をテレビで見たとき、私はなにか、自分が押し殺していた根深い「怒り」が現実化したような気がして、自分でも怖かったし、あんな大きな地震と同じくらいの規模で自分の怒りが溜まっていたと感じちゃうくらい、自分が怒っているってことに、そのときようやく気がついて、そこから、そんなに怒りをためこむほど無理をしている自分にこれ以上、無理をさせないように、やりたくないことからできる限り離れて、背負いすぎている荷物はちょっとずつおろして、自由に向けて歩き始めた気がします。

小説を書くとき、あなたともわたしとも違う、第三の世界が頭の上のほうに出現して、それといっしょにいる間は寂しくない。
書くことは苦しいけど、書き終わったとき、すごく寂しい。ということはお話の世界の中にいるとき、私はひとりじゃない。

あなたもわたしもいない、第三の世界で、私は自由。

こんな世界はどこにもない。
家の中にいても、外に出て人に会っても、こんな空間はどこにも見つけられない。

あんまり深く入っちゃうと出てこれなくなるんじゃないかと、若い頃は怖かったんだけど、もう世話しないといけない子どももいないことだし、これからは、私の好きにさせてもらう。

老後の暇つぶしとか、そういうんじゃなくて、むしろ、今までが暇つぶしだったというか。
義務を果たさないといけないばかりで、自分の楽しみなんてなにもない、そんな暮らしをしてきたなって。

今はそんなふうに思って、これから先の人生を再構築しようとしてるとこ。

そして、私がそんな世界の存在に気づいた、というか思い出すことができたのは、やっぱり、あの震災の衝撃がきっかけだったかな、と思うのでありました。

内面的な変化なので、きっと、まわりの人は誰も気づいていないだろうと思うけど、私にとってはめちゃくちゃ大きなインパクトだったのでした。

内面の変化が先で、外側の変化があとからついてくる。

物事はそういう順序で変化します。

私は今回、2011年に、大きなギャップを体験して、じぶんがやりたくないことに取り囲まれてにっちもさっちも行かなくなってるって気がついても、衝動的に何もかも捨てて突っ走るとかしなくて、冷静に、まわりを傷つけないように、順序立てて、少しずつ変化してきて、子どもたちもふつうに育ったし、自分で偉いなって、よくがまんしたねって、自分を褒めてあげたいと思います。

これがなくて、あのままずっと、目を血走らせたまま走り続けていたら、今頃わたしはどうなっていただろうって。
まったく想像もつきません。
たぶん、死んでたんじゃないかな。事故とか起こして。

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