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先祖の話

前の記事のつづき

3日に、予定通り伯母(※母の兄のお嫁さんなので、叔母ではなく伯母が正しいようです)に会って、勧誘されました。健康食品ではなくてナントカ共済でしたが(O.O;)(oo;) でもまあ予測できたことだったので穏便にやんわりとお断りさせていただき。

それとは別にお墓の件もあって、先祖の話になりました。

(伯母が死ぬとその家(母の実家)は途絶えるので、一番近い私がお墓を譲り受けて、面倒をみると同時に私もそこに入ろうという話になっています。なにせ市営の墓地で管理費無料なので!!)

ですが、先祖といっても知ってるのは祖父と祖母までで、それより上の世代は誰だかか知らない。
というか、祖父と祖母の実家がどこだったかもしらないので、そのへんを伯母にいろいろ聞いたのです。

もちろん聞いてもさっぱり分かんないんですが、祖父と祖母について、意外な話が聞けました。

物静かで穏やかだった祖母が、実は岡山方面の裕福な家の出身で一族には官吏や教師が多かったということ。

祖父は彦根の出身なんだけど家業を継がずにサラリーマンになって、戦後起業してオーナー社長になったので、新進気鋭の起業家だったのかと思ったら、技術屋で、営業もできないし、経営ということも興味がなかったとここと。

子どもの私から見ると、祖父は明治の男って感じで、食卓の一番奥の上座にいて、ごはんやお味噌汁をよそってもらうのもいつも一番最初で、誰も祖父より先に箸を取らない感じの威厳ある存在で、乗ってる車はレースのカーテンについたクラウンだったし、子ども心に、偉い社長さんなんだなー、という印象だったんですが、どうやらあれは、本人の才覚というより、戦後の高度経済成長の波にタイミングよく乗った結果だったかもしれません。

一方、物静かな祖母はいつもにこにこして大好きだったんだけど、私が大学受験をするとき、絶対に教育学部はいやだと言い張って、父親や母親を説得できたか…と思いきや、突然、「教師にならないなら大学なんか行かせなくていい」という、祖母の鶴の一声で形勢が逆転、私の敗訴になった経緯があるので、おばあちゃんは私の味方だと思っていたのに、なんで?…という割り切れない思いが、私のなかにもやもやと残っていたのでした。

その後、私は敷かれたレールにのって教員になったけれども、やっぱりというか当然というか、その場になじめないし、教師としての能力もないしで、30歳を目前に退職してしまったので、どこかで祖母の願いを裏切った、うしろめたい感じもありました。

でも、祖母は自分の生育環境から、役人や教師が良い職業で、商売人を下に見ていたんだなということが分かると、「な〜んだ、そんなことか」と、もやもやが晴れました。

人間誰しも、親や環境から植え付けられた価値観(裏返せば差別意識)を持っているし、ましてや戦前育ちとなればなおさら、人間を階級で差別する意識で世の中を見ていたのは当たり前でしょう。

私が祖母の期待を裏切ったというより、祖母の期待のほうが時代錯誤だったんだろうなと、ようやく腑に落ちた感じ。

というわけで、祖父についても祖母についても、私が小さい子どもの目でみて過大に美化していただけで、そんなイメージを払拭すれば、ただの人だったんだー、というのが新鮮な驚き。

と同時に、なにか、自分を縛っていた見えない呪縛が解けたようで、さわやかな風が心の中を吹き抜けるような爽快感があります。

よかった。
伯母にいろいろ聞けて。

あと、母の実家は岡崎なので、祖先は岡崎の人だったかというと彦根だの岡山だので、あんたたちぜんぜん岡崎の人じゃないじゃん!!という話。

生まれたのは名古屋市南区だけどあんまり転々として故郷がどこだか分からない私にとって、岡崎は母親の実家があって生まれたときからずっと知ってる唯一の町なのですが、聞いてみると実は母親の兄弟はみんな彦根生まれで、末子だった母親だけが岡崎生まれなんですって。まーなんてこと。

こうしてみると人間は移動する動物なので、土地にヒモ付けて管理しようというのは、藩が管理していた江戸時代ならともかく、これからの日本に合ってるのかどうか大いに疑問ですね。。。
 
 
alien_dejavu

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