年賀状でお世話になった先輩が亡くなったことを知る

年末。
年賀状を作る。

今年の正月にもらった年賀状で、新卒で赴任した学校でお世話になったF先生が亡くなったことを知った。
その奥さんも数年先輩で、いろいろ相談にのってもらっていた人で、私は当然のように、いつかまたふたりに会えると、会おうと思えばいつでも会えると、のんきに思ってた。
でもそうじゃなかった。

辞めた仕事というのは私の中では時が止まって、みんな当時のままの姿で記憶の中にいるんだけど、その後も時間は流れていたんだ。
こんなふうに死んでしまうとか。

でも考えてみたら、今あらためて会って何を話せばいいんだろう。
私はもう先生じゃないし、共通する職場も、いっしょに解決すべき問題もないのに。

私が覚えている風景は、自分が20代のほとんどを過ごした職場なので、青春時代そのもので、忘れるわけがないけれども、それをいつでも復元できるかと言ったら、それは無理なんだなと。

流れ去った時はもとに戻せないんだなと、はじめて実感して、めちゃくちゃもどかしい気持ちになった。
それが今年の正月。

お悔やみのハガキを出すでもなく1年が過ぎ、今年は奥さんの名前だけにして年賀状を出す。
彼女も私と同年代なので、もう数年で定年退職だろう。

話は変わるが、教員にはこうして定年まで勤める女性がけっこういる。
同じ職場で世話になった別の先輩は、いっしょに海外旅行をしたりして親しくしてもらっていた人なんだけど、順調に出世して見事、校長を勤め上げて退職。その後スクールカウンセラーの資格をとって、新しい学校に赴任したという知らせがきた。

女性の活用を言うなら、公立学校に学ぶといいと思う。
制度もそうだけど、権利の意識も高くて、職場環境に対しても、もちろん仕事内容に関しても、言いたいことはきっちり言う人が多いのできっと一般企業の男性は引くと思うけど。

私は主張できないリタイア組だけど、でも彼女たちがいたから今の自分がいるのかなって、いろんな場面でそう思う。

何が起ころうが、他人に頼らず自分で考えて自分で実行して、そうして自分で解決して切り抜けるのが当たり前だって、私は生まれつきそう思っていた気がしてたけど、よく考えてみたら職場で最初に学んだのかもしれない。
まわりがみんなそうだったから。

なにひとつうまくできず、苦しいばかりでひとつも成功体験のなかった教員生活だけど、ハードなことをいろいろ経験させてもらえてよかったなって、ようやく思えるようになった今日このごろです。

F先生のご冥福をお祈りしつつ。

  
  
     

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