人生は、何歳になっても自由と冒険の旅!

俳優ジムキャリーが卒業スピーチで学生に贈った人生のアドバイス – ログミー

僕の魂は、肉体という器の限界に封じ込められてはいません。肉体のほうが、限界のない魂に内包されているのです。魂とは、無が1つに統合された原野です。居心地よくあるため、もしくは楽しみのために、特に理由がなくても踊ります。

皆さんの内面がそのように変わった時、世界は、皆さんに単に触れようとしているのではなく、皆さんを胸に掻き抱こうとしてくれていることを実感するでしょう。

ステキだなぁ。

こういうの好きだなぁ。

最近、痛切に思います。

結局、人生って、何だったの?


幸運なことに私の人生はまだ終わっていないんだけど、後半にさしかかったのは確かなことで

(…と言いつつ、もし100歳まで生きるとしたら、まだちょうど5合目を過ぎたあたりで、まだ半分残ってるってことになるけど)

子育てもほぼ終わり、若さは本格的になくなり、
仕事はといえば、なぜか筆文字を売ってるらしくて、ときどき、ふと我に返って「どうして私、こんなところにいるんだろう」と、迷子になったみたいな気がすることも。

子どもの頃に夢見た世界はこんなんじゃなかった。

もっと自由でもっと刺激的で、冒険の旅になる予定だったのに、なぜここにいるの? ここはどこ? そして売ってるものはなに? なんで筆文字? …ってな具合。

だから、このジム・キャリーのスピーチが、ちょっと心に刺さりました。

20代の頃にはコピーライター養成講座に通って、全盛を極めていた広告業界、かっこいいって思ったし、その後、デザイン業界の人と知り合ってお仕事させてもらったこともあったけど、聞くところによると、当時印刷物のデザインをやってた人で今も仕事を続けてる人は、ほとんどいないらしい。

印刷物のデザイナーとしてプロフェッショナル度が高かった人ほどWEB対応が遅れて、ここへ来て潮が引くように仕事が減って立ちゆかなくなり、動画だったり広告企画だったり、デザイン以外のことに対応して立ち位置を調整できた人しか生き残っていないとか。

2001年のあの頃(=(つ)が突然引きこもって、私が専業主婦からいきなり不要品のオークション販売とか、泣きながらやっていた頃) 知り合った人たちにもデザイン関係者が多くて、昨日まで専業主婦だった私に、みんな、私はこの道のプロだからとか、20年もこの仕事をやってきたんだからって、何かにつけて口癖のように言っていたけど、何十年の経験もデザイン力もこの価格破壊の波の前に砕け散ってしまったらしい。

盤石なものなんて、何もないのよね…。

まあ、栄枯盛衰というんでしょうか。
私の場合はバブル崩壊後の数年間に(つ)の会社が傾いていってついになくなっちゃって、みなさんより20年くらい早くそれを経験したので、みなさんの仕事がなくなったっていってもなにを今さら感があるけど、こうして見ると、同じ没落するなら、ちょっとでも早いほうがよかったかもしれない。

私も40歳で突然、(つ)が無職になったときには驚いて、この年になって突然就職って言われても無理〜とか思ったけど、今にして思えば40歳なんてまだまだ若くて、新しいWEBの技術も勉強できたし、セカンドライフみたいな新しいことにも飛び込む気力があったし、あの、40代の10年間でほんといろんなことに挑戦できて、とても充実していたって思えてくる。

当時は、私は恵まれていない、他の人はちゃんと仕事があるのに私だけ、って自分だけ損してるように思い込んでいたけど、あながち、あれは損ではなくて、むしろすごく得していたのかも。

人間万事塞翁が馬、っていうように、何が損で何が得かなんて、いちがいには言えない。

あとになってみれば全部が白黒逆だったってことも、ある。

だから、私は今年55歳だけど、「もう55歳だから○○できない」って思ってても、また10年後には「あの頃はまだ若くて○○ができた」って、55歳の自分を若造みたいに思うのかもしれない。

とりあえず、最新のWEB事情についていけなくなりつつあるけど、最新じゃないノウハウが意外に王道だったりもする世界なので、「そんなのやったって無駄だよ」とか「どうせうまくいかないよ」みたいな、どこかから湧いてくる「心の声」にまどわされずに、結果が出るまでやる。愚直にやりきる、ということをやっていこうと思います。

こちらは、デザインをリニューアルする商品です。
ペーパークラフト部分は、私が考案・制作しています。この色つきの美しい作業があるから、かろうじてがんばっていられます。
実物も、かなり美しいですよ!

つとむの写真付きプレミアム

写真付きプレミアム新バージョン

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