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【動画】保守はゴジラを夢見るか/ 変わっていく日本のこれから

昨日の午後はずっとこのシリーズを見て過ごしました。
保守はゴジラを夢見るか 第1回日本の現状分析 中野剛志×佐藤健志 – ニコニコ動画:GINZA

この内容は本になって出版されているらしく、私はこのAmazonのページで下に紹介するコメントを読んで、興味を持って、元ネタである動画を視聴しました。
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Amazon.co.jp: 国家のツジツマ 新たな日本への筋立て(通常版) (VNC新書) (VNC新書 1)の 伝兵衛さんのレビュー

人はそれぞれ「物語」を持って生きていて、
それが矛盾し始めたのが「近代」からだと論じています。

最初に思ったのは、この個性的な佐藤健志という人を、私はなぜ今まで知らなかったのだろう、ということです。声が少し甲高くてジャパネット高田系で、言いたいことを言い始めたら立て板に水なところも高田社長に似ていますね。でもお顔は南国系。

そんなことはさておき、世代が近いこともあって、この人の語る歴史認識はよく分かる。

そして、人間が世界を理解するのに「物語」としてしか理解できない、という仮説も面白い。

私自身がそういう人間だってことは知ってたけど、人間自体がそういう精神構造だと思うと、いろんなことが腑に落ちる。
たとえば、facebookに流れてくるライフハック投稿なども、その人その人が思う「自分ってこういう人」っていう物語に沿って紡ぎ出されているのだと思えば、なるほどな、と思える。

人徳のある経営者という人生を生きてるつもりの人は、毎日、正しい経営とは、従業員を正しく導くにはという話を延々と書いていて、こっちはいいかげんうんざりなんだけど、その人はそういう役を演じているんだから、ああ、そうなのね、と思えばいいんだ、と。

話が逸れたけど、動画で語られているのは日本国民全体がひとつの「敗戦」というストーリーを今も見ていて、なにかと言えば敗戦、なにかと言えば焼け跡に戻りたがる(無意識に)という話で、ゲストの 中野剛志 の著作を紹介する、と言いつつここに至る歴史を(佐藤氏が)語りまくる、という構図。

中野さんは少し若いけどめっぽう論旨明快なしゃべり方をする人で短い時間でもピンポイントで言いたいことは言ってるけど、それにしても、どこまでさかのぼるかと言うと17世紀の西洋で、宗教による統治が行き詰まって30年戦争というのが起きて、社会が荒廃しきったところで、これじゃだめだということで、神に代わる理性の統治、というものが模索されはじめた、というとこまで戻って解説されててそれはそれでとても面白かった。

30年戦争って、名前だけは聞いたことがあるけど、そんな重要な戦争と思わなかったので、それを知るとまたヨーロッパの歴史を見る目が変わりそう。
(※ハプスブルク家とか、エリザベス1世の時代とか、最近興味があって本を読んだりしているので)

でもまあ、難しい話は置いといて、少なくとも太平洋戦争で「一億玉砕」と言われて戦って死ぬ覚悟を固めた少年たちがある日とつぜん「あ、それ、やめになったから」と言われて虚無の中に放り出された行き場のない「覚悟」が、その後10年、20年たつうちに、いろんなふうに形を変えてくりかえし、映画や小説に表現されてるし、経済危機でも自然災害でも、何か起きるたびに「第二の敗戦」とか言っちゃうメンタリティの中に、やはり、そういう亡霊のような思いがあるのかな、と思う。

で、ここからは私の意見だけど、今になって、どうしてそれが問題かと言うと、戦前も戦後も知らない世代が社会の中核になろうとしているからで、たとえば私の世代なら、親世代が空襲や戦後の食糧難を経験してるので、聞いた話だとしてもだいたい当時の雰囲気や彼らの思いは共有できるけど、それ以後の世代にはもう、そうしたメンタリティは理解不能だろうと。
おとなは戦争はいけないっていうけど、どうしていつも敗戦を前提として戦争反対を言うのかが、きっと若い人にはぴんと来ないんじゃないかな、と最近思うのです。

テレビで戦争反対を言う人は必ず、空襲をうけたり、南方で飢餓で倒れたり、あるいは原爆にあったりした経験を語ったあとに「もう二度と戦争をしちゃいけない」って言うけど、本来、戦争は、そういう目にあうからダメなんじゃなくて、そういう目に遭わせることもダメなわけだけど、日本人の中でもアジアで人を殺した側にいた人、あるいは国内で日本人の弾圧にあたっていた人たちの話もあってしかるべきなのに、当然ながらそんなことを語る人はいないし、見たい人もいない。

そのことをおもうたびに、私は「なんだかなぁ」と思う。
戦争反対には賛成だけど、殺されるから、難民が出るからダメってだけじゃなく、そもそも殺すのがダメでしょ?と思う。

それなのに、映画でもテレビでも派手に人を殺してるし、どこかで大量に兵器を作って売ってる人たちがいるわけだし、戦争反対なんて言ってるのは、負けると思ってる側の人だけじゃないの?

ほんと、どんな砂漠や山岳地帯の、食べるものもないような場所にも、高性能な武器弾薬だけはあって、貧乏な人同士が殺し合うというこの現実は、どうかしてるんじゃないのって思う。

人がひとり食べていくのもたいへんっていう時代に、どうしてテロをやる人には支援が集まるのだろうか。

それで、私が密かに出した結論は「人間はなんだかんだ言って、三度の飯より戦争が好き」

だって、武器をとらない場所でも四六時中、戦えるものを見つけては戦って、陣地を広げようとしていますからね。商売しかり、地域貢献しかり。

というわけで、動画の趣旨としては、そろそろ新しい大きな「物語」を見始める時期ではないか、というお話だったと思うし、それはその通りだと私も思います。

いつまでも戦後を続けてるわけにはいかなくて、人間はどうしたって前に進むしかないからです。

それで、さきに進むとしたら「また負ける」なんて思いながらいくのはどうかしてるし、世界的にも社会主義がダメになり、資本主義もピケティ氏が言うように今のままでは貧富の差が開く一方だし、そろそろなんとかしないとダメじゃない?っていう時期に来てるのは間違いないことだと思います。

慣れ親しんだ価値観や社会構造は、それがたとえあまりいいものでなかったとしても、やはり、変わっていくと思うと不安ではありますが、それでもやはり、変わるべき時が来たのだから、変わるしかないんでしょうね。。。

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