この記事は2014年11月26日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

テレビの洗脳がとけると見えてくるもの

最近というかこの1〜2年、実質的ひきこもり状態を、あえて続けております。
家の中でも、あえてテレビを見ないようにしています。ドラマなど見たいものは予約して見ますが、見たくもない番組を垂れ流すその騒音が、思考の邪魔なので、できるかぎりスイッチを切っていて、結果、しーん…とした時間が長く続いていますが、このブログも含めて、文章を書くにはとても都合がいい。

多分、文章を書くとき、頭のなかでいったん「音声化」してから書いているようで、音がないと、その「頭の中の音声読み上げ」がよく聞こえるって感じでGood。

ただ、そういう生活がデフォルトになった昨今、ときどきつけると流れ出るテレビCMや、情報番組を見て、なんだこれ!とのけぞることが多くなりました。

絶対そんな色に発色しない口紅の秋の新色、もはや90%の確率で「ウソ」の領域。

情報番組で「今年はこれが流行!」とオススメしてるそのファッション、業界が勝手に決めて製造してるからイオンモールへ行けばどのブランドでも同じようなのが並んでる。勝手にたくさん作っといて「流行ります」って宣伝するのって、あり?。そりゃあ、そういうのしか売ってないんだから結果的にも流行るんだろうけどさ。

優しそうなだんなさんと主婦っぽい奥さんと子どもたちが、明るい室内で団らんしてる、住宅メーカーや白物家電や生命保険の宣伝。それを買えばそういう家庭が手に入ると、私自身も若い頃は洗脳されていたかも。。

まあ、宣伝というのはそもそもがそういうもの(実際以上の美しい効果を見せてその気にさせるプチ洗脳)なので、当たり前なんだけど、CMだけじゃなくてあらゆる情報番組やバラエティの中でもくりかえし、「こういう人が勝ち組」っていう価値観の刷り込みが(意図せず?)垂れ流されてるのに気がついてびっくりする。

うーわ、あたし、こんなのにだまされて、人生の前半をありもしない架空の夢を追いかけて過ごしてきたのね、って、自分自身に対しても( ̄□ ̄;)!!って感じだ。
私もたしかにそういう「やさしくてきれいなおかあさんと、頼れるお父さんのいる温かい家庭」信者だった。

30歳で子どもを産んでからはとにかく「子どもだけは人並みに」を最優先にやってきたので、お父さんとお母さんが揃ってて、進学したければ進学できて、持って行きたければ毎日お弁当を作ってもらえて、とりあえず家に帰れば誰かがいてごはんがある、そういう「普通の家庭」を演出するために、離婚しても同居してるし、夕食のおかずは子ども優先で、自分が好きなエスニック料理やらニンニクいっぱいのアヒージョなんかは、誰もいない特別な日にこっそり作って食べるくらいだ。

私は、もうちょっと、自分を主張して生きても良かった。
食べたいものくらい、誰に遠慮なく、食べたらよかった。
こんなものまずいとどれだけ言われても、私はこれが好きなんだと開き直ってもよかった。

絵に描いた「温かい家庭」のためには頼もしいお父さんが必要だったのに、実物はめちゃ頼りなくて、弱音はきまくりで仕事までギブアップして放り投げて家族を路頭に迷わせたけど、私が「温かい家庭」の絵に執着していなければ、そういうのも「あ、そ」とさらりと許して別の道を選べた可能性だってある。

私が「これしかない」と思い込んでいた生き方は、唯一絶対ではなかった。

…まあ、過去のことなんかどうだっていいし、別に、夕食のおかずのことを根に持って家族を恨んだりはしませんが、自分があると思い込んでた規範が実は存在しなくて、私の妄想だったかもしれないという空想は、ひとつ、それなりにあれこれ検討するにふさわしいテーマかと思う。

そいでもって、昨日も書いたように、今や「子こどもだけは人並みに」の縛りが外れたので、これからは自分最優先で、他人の都合より自分の都合優先で、やっていかないとダメだわ、と思う今日この頃です。

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