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この記事は2014年10月25日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

パソコン用の机を撤去。iPadとiPhone、ときどきMacBookProの暮らし。

水曜の晩から、生まれて初めて、過労で倒れました。
倒れたと言っても病院に運ばれたわけじゃなくて、ただ「もうダメ…」と言って寝ていただけですが(^^ゞ、ほんと、起き上がれなくて…。

このところ、宝塚ダブルヘッダー&ダッシュで最終新幹線イベントをはさんで、数日かけて部屋の模様替えをしていて、ハンガーラックを解体して2階からおろしてまた組み立てるとか、私と次女の衣類を仕分けるとか、家具を移動するとかをやっていて、最後に、年に一度のエステのセミナーに終日参加したら、そこで電池切れになったようです。

しかし、だらだらと眠り続けてようやく復活し、なんとか部屋も片付き、仕切り直してリスタートです(何を)(^^ゞ

今回の模様替えでは、1995年の年末のウィンドウズ95フィーバーのさなかにMacintoshを買って(¨;)、おそるおそるインターネット(とパソコン通信)をやりはじめて以来初めて、パソコン用の机というものを撤去しました。

最近の使用頻度からして机がなくてもなんとかなるだろうと思ったら、ほんとにそうで、映画専用にしている初代iPadで、ほとんど代用できます。メールチェックとRSSリーダーで宝塚ブログをチェックするくらいなので。機種が古いせいかfacebookアプリは立ち上がらないので、iPhoneで見ています。
というか、全部iPhoneでできるんだけど、手元にiPadがあるからiPadを使うという感じ。

ただ、ブログを書くのだけは、写真やいろんなリンクを挿入するのにパソコン用のChromeには各種アドオンが入れてあって便利なのでパソコンを立ち上げますが、場所は居間のこたつか、台所の食卓テーブルです。

このままWEBサイトの構築やら大量の写真加工やバナー作成をやらないのであれば、もうMacBookProでなくても、普通にMacBookAirでじゅうぶんかな。

起きたらすぐにデスクトップのMacを立ち上げて、ピーピーガーガーいうモデムでネットにつないで、ホームページ(←死語らしい)を作り始めると時間を忘れてあっというまに夕方で、保育園のお迎えに何度も遅刻した日々も遠き記憶。パソコン机が消えた部屋を見ると、自分でもひとつの時代が終わったなーという感じがします。

ケーブルからも解放されて、場所も自由です。

あと、こうしてばっさりパソコンによる作業環境を撤去するのは、「私はもうパソコンの仕事はやりません」という意思表示でもあります。

いつも机にパソコンが起動している状態でいるといろんな雑用を頼まれるんですが(何か調べてとか、何か買っといてとか、あれ作ってとかこれやってとか)、パソコンはフタを閉じて棚にしまってあるという状態を作ることで、自然とそういう雑用を頼まれにくくする作用も期待しています。

机を撤去して数日ですが、実際、そういうふうになってるので、効果はあったと思いマス。

頼まれるのは、わざわざパソコンを立ち上げてでもやらなくちゃいけないくらい、どうしても私がやらないとダメなことだけに自然と限定されてくるので、自分でやればいいことを何で私に頼むんだといちいちむっとしたり、言い合いをするより良いです。

そりゃあ、2001年に突然引きこもられた時にはそれこそ、できないなんて言ってる場合じゃなくて、私がなんでもやらなくちゃと思ったし、仕事になりそうだと思えば必死に調べて、やれないこともやって、乗り切ってきたけど、一度乗り切ると「ああ、この人は何でもやってくれる人なんだ」と思われて、エンドレスにやれないことをやらされ続ける構図になるのです。

だいたい、アート音痴の私が筆文字販売とか、お話を書きたい人なのにネット通販とかSEOとかできるわけがないのに、いつのまにかそういうところに迷い込んじゃうのも、私が「できません」「関係ありません」というひとことを言えなかったためなので。

ほんとに、自分のためだけじゃなく、まわりの人を無駄に巻き込まないためにも、できないことはできない、やりたくないことはやりたくない、興味ないことには興味ないと、はっきり表明するのは大切なことです。

分かってみれば当たり前なんだけど、なぜか若い頃には分からなかった人生の真理のひとつです。

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