この記事は2014年4月5日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

環境からの自立

春で新入社員が多いせいか、Facebokのライムラインに、研修や勉強会の写真がたくさんながれている。

それを見ると、私はもうこうしてたくさんの人を「変えたい」「変わってもらいたい」とか「成長させたい」「成長してもらいたい」などの意図をもって接しなくていいんだ…と思い至り、超絶幸せシャワーを全身に浴びた気分。

元の職では他人を変えることが仕事で、結果もきっちり求められてめちゃくちゃつらかったせいか(つまり、担当した生徒がおとなしくなるとか、クラスの統制とれてるとか、学力が上がるとかいう)、今では、他人に対して何らかの意図を持つと考えただけでじんましんが出ます。

もう二度とそういうことはしたくない。

人に会うときは、ただ会いたいから、楽しいから、会いたい。

あと、今のように主婦っぽい暮らしをしていると、食べるものも行くところも、つい、子どもの都合に合わせちゃうんだけど、そろそろそういうのにも飽きてきた。

その日私が食べたいものを、たとえ誰かがそれを嫌いだったとしても、夕食のメニューにしたいし、
着たいものを、それを着たらどう見えるかを考えずに、ただ着たいし、
行きたいところも、「役に立つから」とかじゃなく、ただ行きたいからという理由で行き、そのことで誰にも批判されたくない。

つとむの仕事がイマイチだからと言って、あたしが知識も興味もないのに、あるふりして企業努力しようとしたりするのも、なんか違う。

今の暮らしはまるで、私じゃない誰かの着ぐるみを着て生活しているみたいで、ときどき窒息しそうになる。

もう人のために生きるのはイヤだ。
何をするにも、ほんとに自分がしたいからする、そういう人に私はなる。

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