この記事は2013年8月9日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

【映画】終戦のエンペラー

免許はとったものの運転が大嫌いな次女の運転免許更新のため、豊川まで往復しました。
彼女の講習を待つ間、すぐ近くのイオンでこの映画を見ました。

これが予想外に良い映画で、ヒロインが人知れず書きためていた恋文に主人公が涙するシーンくらいからうるうるしてきて、ラストの昭和天皇が「戦争責任は私個人に。責めは国民ではなく私ひとりが背負いたい」と言うところではボロ泣きに。実際のところ、これがマッカーサーに最後の迷いをふっきらせたひとことなんじゃないかな。

自分でも、なんでここで?って意外なんですが、前半から何度もくり返して語られた「日本人の心情の機微」がこの台詞で極まったんじゃないかと。これは私の感性が豊かとかそういうんじゃなくて、多分、きめ細かい脚本と、丁寧な演技の効果なんだろうと思います。

でも全体に、その「泣き」のポイントがすごく日本人ぽいというか、いつも見ている日本のドラマみたいなんだけど、これをアメリカ人が見ても、同じようにぐっと来るものなのでしょうか。全然なにに感動したらいいか、わっかんないんじゃないかと思うんだけど、どうなんでしょうね。

ともかく、従来のハリウッド映画とは比較にならないくらい、日本人が見ても「まさにこれが日本」というような、風景や質感。端役に至るまでへんな日本語はひとことも聞こえてこない、自然な日本語スピーカーで揃えたキャスティング。重要な役どころは日本の有名な俳優でがっちり固めて、それぞれに、その人らしい英語をしゃべらせるなど(昭和天皇の不器用なカタコト英語が涙を誘うんだな、また)

セットもステキで、焼け跡は生々しすぎて、東京大空襲から5ヶ月たってるから、皇居周辺はもうちょっと片付いていたんじゃないかと思ったりもしたけど、建物の外観や内装、日本の家屋など、まるでその時代にタイムスリップしたみたいな自然な質感で。

さすがに日本人プロデューサーの企画だけあって、よくある香港みたいな雑踏風景なんかが一切ない、本当に日本らしい日本の風景を見られる映画だったように思います。

あと、天皇の戦争責任については私自身も子どもの頃に、全否定されてるナチスなんかと比べるとずいぶん違うなーと疑問に思ったんだけど、その後、いろいろ読んだりしてたどりついたオーソドックスな見解にそった解釈だったと思う。

軍部の言うなりの傀儡だった、というのとはなんかちょっと違って、みんなが心から敬愛している天皇陛下像という、日本人ならきっと誰もが抱いている「エンペラー」像を、アメリカの映画がここまで描けたというのはすごいなーって思います。

それもこれもアメリカの占領政策が成功してアメリカと友好的な戦後が始まった結果であり、誤解を恐れずにいえば戦争ですらひとつのコミュニケーションの形なのかと。つまり真剣に戦うことで相手を深く知る結果になり、その中から真の理解が生まれてくるというか。

もちろん殺し合いをしないで理解しあえるのが一番いいに決まってるけど。

でも、映画が始まる前の予告ムービーはほとんど全部がテロを含めた戦争モノで、大量殺戮シーンの連続でした。
お金払ってまでそんな映画見にいくんだから、やっぱり、人間って戦争が「好き」なんじゃないかな。
負けた戦は嫌いでも、もし勝てるならきっと…。

終了後は次女と合流して、近くのイタリアンレストランでランチ食べて帰りました。
GITA ジータ – 稲荷口/イタリアン [食べログ]

DSC_0005
前菜の写真しか撮ってないのは食べるのに夢中になっちゃったからです。
どの食材にもそれぞれに個性的な味わいがあって、最近行ったイタリアンレストランの中ではイチ押しです。

今日はとにかく暑くて大変だったけど、いい一日でした。
ほんとに、いい映画を見ると癒されるなぁ。
私も、残った人生時間で、そういう、感動するドラマ作りに携わりたいものだなって、改めて思ったことでした。

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