この記事は2012年10月13日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

なにげに人生の転機来た?

また昔話で恐縮ですが、中学校教師としてほとんど使い物にならなかった20代は自分の中で封印したい「黒歴史」だし、当時を知る人にはできるだけ会いたくないので、完全に没交渉になっています。

でもやっぱりその記憶は劣等感として残っていて、自分の能力のなさに自分で愛想をつかしたまま、今に至っているという部分があったんですよね。

だけどおととい、愛教大を30年ぶりに見た時に、はっっっ!!  と理解しました。

そうなんだ、あたしは先生として成功できないって、この大学に入る前から自分ではっきり分かってたわ、と。

それでもなりゆきで大学に入り、採用試験にも受かってしまったからにはがんばらなくちゃと8年間。
教科の教え方も生活指導も学級経営も、できることはすべてやり尽くし、自分なりに120%がんばったけど全然だめで。
あたしは毎日、死んでしまいたいような気持ちで毎朝起きて学校へ行っていたけど、そんな私の気持ちに気づいてる人なんて誰一人いなかった。

だけど、私には最初から分かっていたことだった。
これは私がやる仕事じゃないし、ここはあたしがいるべき場所じゃないと。

そんな私が先生として成功しないのはある意味当たり前で、1+1=2 と同じく当然の結果が起きただけ。

結局、人生ってすごくシンプルなんだ。
自分が思ったとおりになるだけなんだ。
誰かの言うなりになったり、誰かの脅しに屈して従ったりして横道にそれるから、ややこしくなるのであって。
それでも、やがてそういう生活も破綻して、結局は元の木阿弥に。
親や教師がよってたかってやめさせようとしたその道に、戻っていってしまうのです。

さて。

そういうわけで、私は30年ぶりに、学生だった頃の自分と再会を果たし、
まるで自分の娘のような年代の彼女があまりにも気の毒で、環境の被害者だったってことが理解できたのでした。

そして、遅ればせながら、なにもかもがうまくいかず、何者としても成功していない自分を責めるのはやめました。
そもそも、自分でない何かになろうとしてもうまくいくわけはないのだから、先生にもビジネスマンにもなれなくて当たり前。

これ以上、無理なことを無理矢理続けるのはやめにして、私は小学校の頃に夢見ていたみたいに、毎日をただ楽しく、幸せに過ごそうと思います。

ほんとに、それで何がどうなろうと、自分じゃない誰かの真似をして生きるよりは、100倍まともな生き方。

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