この記事は2012年8月20日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

ベルサイユのばら【完全版】と WILD CATS / 清水 玲子

30年ぶりに「ベルばら」を読みました。

9月の観劇に備えて「宝塚GRAPH」を買う
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7月号の大空祐飛退団特集で、2006年のオスカル役の写真を見る
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別の日、たまたまHuluのリストを見ていたら「ベルサイユのばら」アニメ版が追加されていた
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ちょっと見たらあまりの脚本の出来の悪さに欲求不満爆発
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口直しに本物を読みたくなり発作的にTSTAYAでまとめてレンタル

という流れ。

今日届いたのでとりあえずばーっと全部読んだんですが、どのカットもどのセリフも全部、まるごと覚えてて、デジャヴみたいで読んでて気持ち悪くなるほどでした…っていうのは大げさだけど、ほんとに、懐かしいというよりも、過去のある時点への直行ポートが突然開いた感じでした。。。
これを読んでたのは高校生の頃で、まだナイーブだったせいか、ほんとにすっごく影響を受けてたってことが分かります。
今読んでもマジ、オスカル素敵すぎ!

当時との違いは、不平等や貧富の差、搾取の構造は、形を変えて今現在も残っているので、マリー・アントワネットにも、それをひっくり返す市民の側にも、気持ち的に肩入れできない点で、社会を知らなかった高校生当時は、主人公には無条件で感情移入して読んでいたなって、思います。

逆に、当時と変わらないのは、やっぱり、ああいう「愛」こそが本物の愛だと思っていること。

自分さえ良ければっていうんじゃなくて、自分を犠牲にしてでも「私が」幸せであることを第一に考えてくれる「愛」というものが、ほんとうの愛なのになって思うのは、この「ベルばら」のアンドレとか「エースをねらえ」の宗方コーチとか、ああいうのを読んで育った影響だというのを再確認できた気がします。

でもその後、社会に出てから、実際におつきあいした男性や結婚した男性の中で、私が幸せかどうかを「本気で」「最優先で」考えてくれた人なんていなかったので、多分、そういうのは、お話の中にしか、存在しないんでしょうね。
もう現実の中でこういう「愛」を探すのはあきらめました。時間の無駄だから。
宇宙人やUFOと同じで、現実に存在しないからこそ価値があり、繰り返し語られるんでしょう、きっと。

ベルばらは何回も出版されてると思うけど、この「完全版」は、普通のコミックより判が大きくてカラーページも多いので、迫力があっていいと思います。

あと、TSUTAYAの送料を無料にするために、数合わせで1冊借りた、これが予想外にヒットで、ぐっと来ました。

Amazonのレビューに「泣けた」と書いてあったので「泣くまい」と予防線を張ってたけど、ついうるっと来てしまいました。そっと心の琴線に忍び込む感じで。動物系弱いんで…。
お話もいいけど、絵がうまくて、安心して読めます。

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