この記事は2011年12月21日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

悩んで苦しんでお先真っ暗だった時の記憶ほど、美しい思い出になる。

20代のお友だちがTwitterで悲観的なつぶやきを乱発しているのを見て、「そういうのってマジ、未来に影響するよ」って教えてあげようかと思ったけど、ふと、余計なお世話だなと思ってやめました。

なぜなら、自分も20代の頃、まったく同じようなことを頭の中でつぶやいていたし(Twitterがなかったので脳内再生で)、その結果、絵に描いたような絶望的な未来がきっちり訪れて、極めつけは夫が貯金ゼロなのに働かずに引きこもるという、ちょっと突き抜けた感のある事態まで起きてしまったけれども。

でも、今になってみれば、あの引きこもりがあったおかげで、私は外に出て、自分の思うままにいろんなことにチャレンジできたので、すごくラッキーだった、と思うのです。

もしあれがなかったら、あのまま専業主婦として誰に知られることもなく地味な小説書いて自己満足して終わる人生を送ったことでしょう。
いやいや、そんなことは想像できない。私には耐えられなかったに違いない。
きっとどこかで爆発したにちがいない…。

なので、夫の引きこもりがあってもなくても、私は最後には、今いる所に来ていただろうし、今から向かおうとしている方向に向かって進んだろうと思うんだけれども…

でも…

だから結局、20代の頃にポジティブだろうがネガティブだろうが、不幸を引き寄せようが引き寄せまいが、人生、起きることは起きるし、起きないことは起きないので、何も心配ない。

むしろ、悩んだり、苦しんだりする、そのこと自体が、(その時は苦しくて灰色に感じるだろうけど)あとになってみれば、美しい、虹色の思い出になるので、おおいに悩む苦しみ、そのことを楽しむのが、良いんだと思います。

だって、死んで肉体を失ったら、もはや悩みなんて持ちようがないんです。
容姿や収入、社会的な地位を気に病むにも、この世に存在しないんだし。
明日の暮らしが不安だと言っても、すでに死んじゃって飲まず食わずでOKなんだし。

気楽なもんですね…霊魂って。。

しかし、遅かれ早かれ、望むと望まざるとにかかわらず、かならず「その日」はやってくるわけで、私たちはそれまでの短い時間をどのように実り多く、いろんな体験をして過ごすかという、それだけしかやることがありません。

と考えると、順風満帆の人生よりむしろ、失敗と挫折を繰り返す七転び八起きの人生のほうが、きっと、中身が濃くて、あとで思い出した時に感動できると思うので、だから、失敗、挫折、気にせずに、どんどん、いっぱい、悩んだらいいかなって。
そう思います。

さて、そんな私も、さきほど、これからの人生設計をメモにまとめました。
そういう目的のために用意してあるルーズリーフのノートには、今までは筆文字の目標設定がいっぱい、書いてあったのですが、ページの合間からぱらりと紙が落ちてきて、広げてみたら、今年の初めに、つとむが自分で書いた、今年の目標を箇条書きにしたものでした。

そこには、いろんな活動のプランとともに、月の売上100万円という数字が走り書きしてあって、そこに書いてあった「3月まで」には間に合わなかったけど、秋口に1ヶ月だけ、きわどく迫る売上をあげた月があったので、結果的には、目標をクリアした瞬間があったってことが分かり、びっくりしました。

というのも、私が書いた筆文字の目標金額がそのまま実現したことは一度もないから(爆)

やっぱり、自分のことは自分で本気で切望し、目標をたて、自分から動かないと、効果がないんだなと。改めて認識した次第です。

今年の初めにはそうして、毎週ふたりでミーティングをして、今週、今月、半年、一年の未来設計をやっていました。
震災後に私に心境の変化があって中断しましたが、その手法は、つとむも、すでにマスターしているはずなので、来年は、筆文字の目標や展開イメージはすべて本人にまかせて、自己責任でやってもらおうと思っています。

というわけで、私はルーズリーフの新しいページを開いて、筆文字という言葉がひとつも出てこない、新しい未来予想図を書きました。
絵とキーワードと数字が入っています。
どれも、明らかに現状の延長線では実現不可能な内容です。

でも、私は今までになく、過去の自分の枠から飛び出して、大きく羽ばたきたいと思っているので、ここは苫米地流を信じて、そして自分自身の潜在能力を信じて、またゼロからチャレンジを始めようと思っています。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク