この記事は2011年11月23日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

妄想を糧に生きる

なんだかんだ言ってるうちに、今年も残り1ヶ月と少々になりましたね。

今月に入ったくらいからようやく、脳みそを、筆文字ではなく、自分の考えたいことに使えるようになって、そっちの方面ではずいぶんと進展がありました。形になるのは先ですが。

今、現在は、

   自分のこと:筆文字のこと:子どもとか家族のこと = 7:1:2 

くらいに、筆文字比率が下がってきています。
作業レベルではもう少し筆文字の占有率は高いですけど、とりあえず「先を読む」とか「アイデアを発想する」などの脳みそを使う作業の内訳としては、現在、全リソースの10分の1くらいかなって感じ。

はっきり言って、データを作るとかの作業であれば、そんなに全力で集中しなくても、ほかのことを考えながらでも、できないことはありません。
言ってみれば、食事をしたり、お風呂に入ったりという日常の行動のひとつなので、ただこなせば良いのです。

でも、心の中のスクリーンに、何かを大写しにして、一生懸命に凝視するような作業は、複数のものを同時進行にはできません。

私の場合、筆文字の今後の戦略だったり、必要な段取りを考えているとき、心のスクリーン上に順番に展開させながら考えるので、その間、小説のストーリーやキャラクター設定や展開のアイデアは、映すことができません。

ひとつのことをやろうと思ったら、別のことのスイッチはオフにしとかないと、どっちも先に進みません。

そういうわけで、ずっと長いこと…20代の頃からずっと…仕事や子育て優先で、小説のスイッチはオフにしたまま、バックグラウンドで低出力でウォームアップしているような状態にあったので、今回、ようやく、ほかのもののスイッチをオフにして、小説をメインスクリーン上に展開させることになったのですが、なかなか、調子良く軌道に乗りません。

長い間の癖っていうのがあるので、つい、小説でない別のことを必死に考えてしまったり、しているんですよね。

人間の生活には、目に見えない癖がいっぱいありますね。

心の中にもあるし、生活空間内にも、見えない「くぼみ」のようなものができてて、朝起きたらここへ移動して座るとか、この場所に座ると集中が始まるとか、そういう、空間に導かれている生活習慣もいっぱいあります。

お年寄りが引越をすると、そのままボケが始まっちゃう例はよくありますが、きっと、長いこと住んでいた家にあった「くぼみ」が消えちゃって、脳が混乱するからだろうと思います。
若いうちは、新しい環境でもすぐに順応できるんですけどね。。

…話がそれましたが、目に見えない「くぼみ」にハマって物事がうまく回ってるならそれでいいけど、私のように、方針が間違っていたから修正したいという場合は、気持ちではなく環境から変えてみるというのもひとつの手かなと思うので、ちょっと、パソコンの机を変えるとか、そういう具体的な方向で変化をつけてみようと思います。

なんにしても、来年は今年と違って、年明けの段階で

   自分のこと:筆文字のこと:子どもとか家族のこと = 7:1:2 

という、自分比率の高い状態からスタートできるるのは、私の人生にとってすばらしいことだと思います。
できれば、来年が終わる頃には

   自分のこと:家族のこと=8:2

くらいで、筆文字は家族のことの中に含まれちゃってるくらいの状態にできるといいなぁと思います。

余談ですが、筆文字には、ひとり、専属でサポートしてくれる人がいるといいなぁと前から思っています。そしたら私は完全に手を離せるので。

そして、もっと理想を言うなら、できればその人が独身の女性で、ゆくゆくつとむの奥さんになってくれたら最高にすばらしいなって思ってます。その展開は、宝くじが当たるより難しいかもしれないけど、けっこう頻繁に妄想していて、かなり視覚的にもイメージできてるので、もしかしたら現実になる日が来ちゃうかも♪

…妄想でもいい。最後まで、人生あきらめずに、がんばるぞ!

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