この記事は2011年7月11日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

直感勝負の全力投球。

今月は、20代の頃に受講していた某セミナーのトレーナーだった美々卯の社長の還暦記念のご招待食事会があるということで、当時の受講生仲間が同窓会を兼ねて集まるというので、一度は私も行こうと思ったけど、やっぱり、やめることにしました。

今回集まるメンバーは、美々卯社長の薩摩さんが当時経営者向けに開いていた「薩摩塾」の同期生で、つとむは当時、広告制作会社をやっていたので受講生でしたが、私は出産直後で主婦をしていたので、実質、講義を受けたことはないのです。

あれから20年もたって、それぞれ立場は変わっているだろうけど、私が今、参加しても、「つとむの奥さん」として、家族のこととか、筆文字のこととかを話すことになって、また、退屈な時間をがまんすることになるのが目に見えているからです。

確かに、今回集まる人たちは「薩摩塾」以外のセミナーではごいっしょしたメンバーなので、私も面識がある人たちなのですが、どう考えても面白そうに思えません。だって、離れていたって、ちょっとでも共通する何かがあれば、mixiなりtwtterなりfbなり、なにかのルートで繋がっているはずです。

双方向でなかったとしても、単にこのブログを読んでいてくれるというだけでもいいけど、長いこと、年賀状を出すたびに、私自身のWEBサイトをアナウンスしていたのですから(最近は面倒なのでしていませんが)、それでも繋がらないということは、共通するものがないのだとしか。

もちろん、共通する何かがあるけど、先方のITリテラシーが低くて接点が持てないだけという可能性もあるので、そういうふうに、決めつけてはいけない…と、今までは思っていました。
だから、ご縁があって誘っていただいた集まりには、できるかぎり参加しようと思って、去年は何回オフ会に行ったことか。

でも、何度トライしても、自分の直感が正しい。
面白そうと思った場所は面白いし、うーんこれはちょっと…と思った場所は面白くないのです。

結局は、私の直感が、正しい。

なので、今年はそれを思い切って信じて、直感に従って行動しています。
おかげさまで、結果的にほとんど引きこもり状態ですが、意外と寂しくないし、不安もありません。
そもそも、私はこういう静かな環境で暮らしていたので、経済的な事情で無理矢理外に出なくちゃいけなくて、必死に走り回っていたこの10年のほうが、私にとっては異常だったのです。

無理に立てたスケジュールを消化して、疲れだけが残る生活をやめたぶん、アタマの中にスペースが生まれて、新しいアイデアを広げる場所ができました。
もやもやして、ちっともカタチにならないアイデアも、焦らず何度でもアタマの中のスペースに広げて繰り返し検討できるようになりました。

ゼロから何かを作り出すときは、全体像が見えなくてもやもやしてるのは当たり前なんですが、その中途半端なもやもや状態に精神的に耐えられずに、すぐに結果を出そうと焦るから、ちっちゃい結果しか作れなかったんだなって、今ようやく分かった気がします。

今までは、まあ失敗してもいつかそのうち…と、全力投球しなくても言い訳できたけど、これからはそんなこと言ってたら時間切れになりそうで、他のことに一瞬でも時間を取られるのが惜しくて。

本気出してやります。

世界中で青少年に読まれる、私が死んでからも読み継がれる、本物のファンタジーをめざします。

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