この記事は2011年5月23日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

NHK「カズオ・イシグロを探して」を見て。

昨日の夜、NHKで見ました。
【ETV特集】(再)2011年5月22日(日)「カズオ・イシグロをさがして」

カズオ・イシグロはどういう人かというのは、上記ページからの引用をご覧ください。

カズオ・イシグロ(石黒一雄)。五六歳。長崎に生まれ、日本の血筋を持った彼は、現代イギリスを代表する作家である。これまでもイギリス文学最高賞であるブッカー賞を獲得するなど、ノーベル文学賞に最も近い存在のひとりとも言われる。

時代や価値観の変化の中で翻弄される人々を描いた初期作品からクローンや臓器移植を扱った近作まで、内なるイマジネーションと緻密な取材で多様なストーリーを紡ぎ出すが、底流するテーマは一貫している。記憶と命のはかなさ、そして尊さ・・・・・・。世界40か国で翻訳され、日本では全作品が邦訳されており、読者層も分厚い。

乱読家を自認していた私も、最近ではあまり本を読まなくなり、中でも文学というジャンルの本は洋の東西を問わず全然読まないので(かつて好きだった村上春樹ですら、最近はややこしくて読み続けられず)(~_~;) 恥ずかしながら、カズオ・イシグロの本は一冊も読んだことがないのであります。

そして、番組を見たあとでもやはり読みたい気持ちになってないんだけど、でも、番組から強い衝撃をもらいました。

カズオ・イシグロさんは日本生まれの日本人。5歳の時、ちょっとだけの予定で家族で渡英してそのまま英国の教育を受けて英国人として育ってしまって、ほんの少しだけ覚えてる日本の記憶が宙ぶらりんになってしまったのです。

私も、幼い頃住んでいた土地を見たくて訪ねてみたことがあるんだけど、何十年もたつと風景が変わっちゃって、記憶の中のある風景が見あたらないんですよね。
その、ちょっと自分自身が揺らぐような不安定な感じは、その土地にずっと暮らしながら、だんだん風景が変化するのを見ていた人には分からないかもしれません。

はからずも、故郷をなくした放浪者の自分と重なる話だったので、インパクトがありました。
でも多分、5歳で記憶が断ち切られているのは、かなりきついと思います。
これが3歳ならほとんど覚えてなくてそのまま英国人として生きていけるかもだし、7歳とか10歳とかだと逆にかなりはっきり覚えてて、当時住んでた場所の地図とか書けちゃうくらいだと思うので違った整理のしかたもできると思うけど、5歳の記憶って不安定で、はっきり思い出せないけど確かにそこにある、幻みたいな感じではないかと思います。

余談ですが、1カ所にずっと住んでた人って、3歳の記憶、5歳の記憶、7歳の記憶というふうに、記憶の年代を区別できない人が多いらしいですが、私のように2年ごとに引っ越していると、思い出の中の風景から、それが何歳の時の出来事だったか分かるので、くっきりと区別がつくのです。

ところで、あの作詞家のなかにし礼さんも、満州生まれの引揚者で、年をとるにつれて、生まれ故郷の満州の風景が懐かしくてたまらないというのを何かの番組で言ってました。
母国の日本で暮らしていても、原風景は満州の広い大地。
幼い頃の記憶って、その人の一生の土台になるものなんだなって思うと、ちょっと不思議な気がします。

さて、そういう失われた記憶を持つカズオ・イシグロですが、その生き方は自分の探すものに向かって一直線です。こんなふうに、

・自分自身が追い求めているもののことを必死に書くという生き方。
・なぜ生きるとか、人生って何とか、答の出ないことに真剣に向き合って、問いを発するってこと。
・なんであれ自分が気になること、自分が大切と思うことに、とことん、一切の妥協を廃して
こだわりつづけること。

そういう生き方って、いいな。と思います。

本を書くといえばまずマーケティングありきで、何が売れるかから企画が始まりますが、まず自分ありき、自分の中の問いありきでスタートする本って、ものすごく素敵。

私は文学は全然わかんないけど、そういう生き方、そういう仕事の仕方は素敵だなって、思ったのでした。

たいへんそうだけど。
でも一回しかない人生だから。
やりたいことをやりたいようにやらなかったら、命をもらった甲斐がない。

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