この記事は2011年5月12日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

さよなら人生

昨日はリアル版の一期一会の集いでしたが、私は不参加でした。
なんかほんと、いったん行かないと決めると、「あ〜行かなくていいんだ、なんて幸せなんだろう」って心がほっこりします。
筆文字のことも、「考えなくていいんだ」と思い出すだけで、ふわぁっと幸せな気分になれます。

これはかつて、学校の先生を辞めたときとそっくり同じ気持ちです。
朝起きて、もう学校へ行かなくていいんだって思うたびに、心の底から喜びがわき上がったものです。

まったく、どんだけ仕事が嫌いなんだって話ですが、それよりも、実際にはこんなにイヤなのに、やめるまではそれをあまり感じないように自分でブロックしてるんだってことのほうが、自分的には驚きです。

筆文字だって、震災前にはまだまだ続ける気でしたからね。
今となっては、理解できないけれど。

…ところで、私が震災を境に生き方を変えようって思った理由ですが、何人かの人に話をしていて、うまく説明できなかったので、ちょっと考えてみました。

あまりにも大きな災害だったので、人間っていつ死ぬかわかんないから、わたしも人生を大事にしようって思った、というふうに説明すると、みなさん納得してくれるので、だいたいそういうふうに話をするのですが、実は、ちょっと違います。

残り時間が少ないことは震災前から痛切に感じていました。
病気とかそういうんじゃないけど、去年50歳になったのに、まだ作家としてスタートラインにもついてない状態な自分に、焦りを感じ始めていました。

だから早く筆文字を軌道に乗せて、自分のことをやる時間を作らなくちゃと思っていたのが去年、おととしあたり。

だけど、どういうわけか、筆文字どころかWordCampまで引き受けてしまって、本来の方向から、どんどんずれていく。
私はひとりで焦ってるのに、つとむはのほほんとして自分から動こうとしない。
私が協力することで、まわりのみんなはチャンスをつかんで幸せになっていくのに、私だけがいつまでたっても日の目を見ないようないらだち。
そして、そのことに、誰ひとり気づいてもくれていないという孤独。

そんな中で、あの震災と津波が起きて、変な話だけど私、自分の持って行き場のない焦りと不安、怒りと憎しみが、津波になって押し寄せたような感じがしたのです。

「ああしまった、やっちゃった!」
…というのが、その時、私が感じたそのまんまの気持ちです。

もちろん地震を起こしたのは私じゃないけど、私の中に鬱屈していたエネルギーはあの地震に匹敵するくらいに大きいんだっていう事実に、私は気づいてしまったのです。

そのもやもやには気づいていたので、ウィンドサーフィンをやったり、スキーに行ったりして、自然の中で身体を動かして発散していたつもりだけど、根本のところが解決しない限り問題はなくならないし、時間がたてばたつほど、怒りは大きく手のつけようがなくなるばかり。

うまく言えないけど、家も家族も仕事も全部流されて、なにもなくなったがれきの山の映像は、まさしく、私の心の中の状態そのもの。
被災地の映像は、私の心象風景がそのまま投影されたARのように、私には思えたのです。 

同時に、自分の心の中がどんなふうかなんて、他人には絶対に分からないことなんだから、このまま救いの手を待ち続けても無駄だな、ということも、すっと腑に落ちました。

そもそも、いつもどこからか救いがやってくるって、待ってた自分にも非があるのです。

そいうわけで、それから自分の中でしばらく考えて、4月に入ってから、はっきりと方針変更を決めました。

もう二度と、他人の世話のために自分をあとまわしにすることはないと思います。
何年の寿命か知りませんが、50年間がまんしたんだから、もういいでしょう。

私は50歳だけど、まだ作品もなく、書いた経験も少なく、勉強はこれからです。
駆け出しです。
シロウトです。
ゼロからのスタートです。

他人の成功のお手伝いをしてる場合じゃないんです。
何年かかってもいい、今度は絶対、あきらめません。

ただ書くだけじゃないんです。
朝起きたら、空想の世界の住人たちに挨拶をして、外を歩けば見えないものを見て、夜は、ピンク色のUFOに迎えにきてくれるようにお願いしながら眠りに落ちる。そんな暮らしを始めようと本気で心を決めたわけで。

今回の決心は小さな決心だけど、私の人生と、私が体験する世界を大きく変えることになると思います。ちょっとまだ、数年は、かかるかもしれないけど。60歳になったときの自分は、今の自分とは全然違う世界にいる気がします。

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