この記事は2010年10月10日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

【メモ】アニマルスピリットなのか?

チラッと思ったことのメモです

岡崎生まれの人は、同じ岡崎出身の人と会うと「○○中学校です」って自己紹介する。

名古屋の人は自己紹介するとき、中学校の学区ではなく、最寄り駅を使うと思う。「星ヶ丘です」「金山です」。近くに有名な最寄り駅がない場合は区も使う「瑞穂区です」「名東区です」

どうでもいいような違いだけど、岡崎の場合は中学校が話のきっかけなので、「それじゃあ○○さん知ってる?」「△△先生をご存じ?」と、ダイレクトに共通に知りあい探しが始まり、見つかればそこで一気に旧知の友のような関係に。

でも、中学校の時に悪い噂をされるような暮らしをしていた人には、この土地は住みにくいだろうなと気の毒にも思う。中学校の時の行動を一生、言われ続ける人生って、どうよ。

それに、岡崎の人の場合は住んでる地域=生まれた地区である確率が高いけど、名古屋の人はいまいる場所は出身地じゃない場合が多いから、出身地を尋ね始めると話が長くなるばかりで、どこまで聞いても共通の話題に行き当たらなかったりする。
ゆえに、初対面で出身地の話になる確率が低い。と思う。

これが私が名古屋を好きな理由のひとつ。
なにしろ私、生まれたのは南区だけど5歳で引っ越して、そのあと2年ごとに転々として「ここで育った」と言える土地がないので、この話題、困るんだよね。

あ、そんな話はどうでもよくて、今日メモしたいことは、
そうは言っても、岡崎スタイルが人間の基本なんだろと思うということ。
なぜなら、人間は群れで生きる動物なので、群れに所属したい衝動を持っているはずで、相手を理解するにも「どこの群れの人か」という属性があると理解しやすいだろうと思うから。

昨日の話で、人々が私を見て「IKUKOさんってどこの人」「何をしてる人かわからない」と、よく言われるのは、多分、私自身にそういう属性を感じさせるものが少ないことも一因ではないかと、考えたわけです。

その証拠に、会社を作ってからは、そういう反応されることはあまりなくなりました。
以前、WEBクリエイターみたいな名刺だったときは、なんか全然そこにいない人のような扱われ方が多かったんですけどね。
今のほうが、何やってるかわかんないっていうのに。
ヒトって、そういう「ラベル」や「外観」にけっこう惑わされる(ひっかかるとも言う)ものです。

所属って大事です。
トヨタ自動車とか、所属団体は大きければ大きいほど、理解され受け入れられる度合いが高くて良いです。
でも、私たち、他人に理解されるために生きてるわけじゃないですから、自分に見合わないラベルつけても意味ないですが。

ということで、この本を読むと、そういう、人間が持っている動物としての本能に由来する行動様式が分かるのかも、と思って、書評を読んでいたのですが、けっこうムズカシイ本みたいで、中古でもうちょっと安い物件が出たら買ってみようと思います。

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