この記事は2009年8月31日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

歴史の潮目が変わるとき

昨日の衆院選の結果にはびっくりでした。
NHKのニュース速報は8時に始まった瞬間に「民主圧勝」となっていて、ポテトチップでも食べながらのんびり開票速報を見ようと楽しみにしていたのに、あっけなく一件落着…。

うちの地元でも過去何十年にもわたって地元に貢献してきた大物議員さんが落選していますから、あらまぁ〜…です。いよいよ時代が変わってきて、過去のやりかたがそのままでは通用しなくなってきたんですね。

それは経済のことだけじゃなくて、戦後の、昭和の日本は、お父さんが働いて一家を養い、お母さんは家庭を守る、というモデルケースが明文化されてないかもしれないけどなんとなくあって、いろんなことがそれを元に作られているんですよね。

以前、個人事業の確定申告をするとき気づいたんだけど、個人事業って、お父さんを中心に家族で八百屋さんをやってるような感じで、お母さんの労働に対しては給料を支払えなくて、専従者控除を受けられるようになってるけど、たとえば、うちのように、お父さんとお母さんがそれぞれに別の個人事業で売り上げがあって、だけどお母さんはお父さんの仕事も手伝っている、というような場合は、お母さんの手伝いについては専従者控除も受けられない(専従じゃないので)、家族なので給料も支払えないということになって、奇妙です。

お母さんは家庭を守るのが仕事なので、お父さんと関係なく自分で個人事業などやらない、という前提があるから、こういうへんなことになるんですよねえ?

私、税金のシロウトなので誤解だったらスミマセンですが、これは数年間自分で確定申告を(お父さんの分も合わせて二人分)やってみた結果、感じたことです。

今のように双方の仕事を会社の業務にすれば、会社という架空の人格からそれぞれが給料をもらう、という形になるので、そのへんの矛盾は一気に解消して、とても理屈にあっていて納得できるんですが。

…というわけで、専従者控除がどーのこーのなんてすごく細かい部分で、どうでもいいっていえばどうでもいいんですが、でも。
制度が作られた戦後とか、昭和の時代と今とでは、日本人のライフスタイルはずいぶん変わっちゃっているので、いろんなことについて、制度が使いにくくなったらフレキシブルに対応させられるような日本になってほしいです。

お父さんが一家の大黒柱としてでーんと構えて、外で7人の敵と戦って家族を守ってくれるという図式、個人的には非常に好ましく思うのですが、そういうのは現在の雇用状況ではお父さんにとって重すぎる重圧でしょうし?

もう無理なんじゃありませんか?時間は過去へは戻せません。
人間は無限に自由と快適さを求める生き物だし、女性だって、昔のような、お父さんに養ってもらえて安心かもしれないけど、その分制限が多くて、生き方を選べない不自由なライフスタイルに戻りたいとは二度と思わないと思う。
(だって、私の時代には、結婚相手でさえ、親が決めてしまうっていう人も少なくありませんでしたよ。ほんとの話)

その結果、たとえ自分で仕事をする羽目になって苦しくても、つらくても、それでも、自由には代え難い。私は、けっこう、そう思いますけどね。。

うちは、お父さんが早々に一家の大黒柱役を放り出してギブアップしてくれたおかげで、私は40代の最初から「野に放たれて」「獲物を求めて自由にうろつきまわる」ことができたので、すごく楽しかったし、めちゃくちゃラッキー!って、ほんとのところ思ってます。。

…と、話は選挙結果から全然外れてしまいましたが。
「とりあえず変化を」という今回の選挙。4年間も若い新興勢力がやりたいことをやったら、いろんなことが相当、変わってくると思いますが、どうなんでしょうね。。

昭和35年に生まれて、高度経済成長の時代とともに生きてきた私の世代には、自民の天下が終わるなんて絶対無理って、変化する姿を想像もできない時代が長かったのでなおさら、「ほんとうに時代っていうのは変わるものだ」「変わらないものはなにもないんだな」と、感慨すら感じます。

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