この記事は2009年8月29日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

膝のその後と人生について。

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え?おまえの膝なんか興味ない?そんなこと言わずにぃ〜(:_;)

前回、ギブスを巻いてもらった膝(というか脚全体)ですが、2日ほどですっかり痛みが取れ、痛みが取れてみるとギブスの存在がたまらなく苦痛になり、3日目に接骨院に駈けこんで「ギブアップです」と泣きを入れ。

先生に、この根性なしめが!とかぶつぶつ言われながら、ギブスを半分に解体して、後ろ側半分だけを添え木のようにあてて、包帯でぐる巻きにするようにしてもらいました。

動かせないのでうっとうしいのは同じですが、包帯を外せばお風呂にも入れるのでかなり快適です。

ただ、何をするにも左脚が曲がらないというのはやっぱり不自由で、床に落ちたゴミをちょっと拾うにも四苦八苦。布団に寝た状態から起き上がるのもひと苦労。おまけに、椅子に座っていても脚が不自然にまっすぐなので、落ち着きません。

ちょっとした掃除とか、着替えとか、買い物とか、日常の動作のひとつひとつに時間がかかるし、だんだん、何かやろうという気持ちも萎えて、とりあえず今すぐやらなくてもよさそうなことはすべてやらない、という方向に。

脚にギブスを巻くと、人生がどんどん消極的になっていきます。

でも。

私の場合は、今このタイミングでそういうふうに「動けなくなる」ことが、必要だったかなぁという気がしています。

しばらく前から、仕事の内容も含めて人生の軌道修正する時期に来てる感じがしていて、やめるべきことはやめなくてはいけなかったのに、つい、惰性でいろんなことに手を出し、やらなくてもいいことに首を突っ込み、結果として、今まで走っていた路線から外れられずにずるずると進んでいたので。

大きく方向を変えるにはいったんスピードを落とし、物事の進行を止めることが必要だけど、過去の努力のおかげでせっかく進んでいるものをあえて止めるのは勇気がいります。

ウィンドサーフィンでも、向きを変える途中でかならず一度、風軸を通過するポイントがあって、そこを上手に乗り切らないと向きは変わりません。

ウィンドサーフィン同様、実人生でも不器用な私なので、神様は時々こうしてSTOPのサインを出してくれるのかもしれません。

売り上げとか、SEOとか、サイトの問題点を洗い出して修正するとか、そういうエンドレスな責め苦に人生を支配されることなく、子どもの頃に信じていたような、夢のような楽しい世界をもう一度、もう二度、もう三度…何度でも、追っていきたいと思います。。。

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