この記事は2009年8月19日に書いたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください

【SL】「単純な脳、複雑な『私』」(池谷裕二著)読書会

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昨日は、セカンドライフ内KIRAカフェで、「Haruka McMahon さんによる、池谷裕二著「単純な脳、複雑な『私』」の読書会」がありました。

この本のことは当ブログに書いた…と思ったら、内容のことは書いてなくて、ただKIRAカフェでこの本の話が出て盛り上がったよ、という記事しか書いてませんでした。。

ともかく、高校生向けの講演を元にした本なので、とても読みやすいし、オススメです。
買って、読み終わってそのへんに置いといたら、娘が表紙のイラストを気に入って(!)持って行って読んでいました。

昨日のHarukaさんの発表では、本の内容を、セカンドライフ内で起きている現象とからめて問題提起(?)されていて、面白かったです。

たとえば、本の中では、現実の中に実際にある事象=真実(truth)と、各個人の脳内で単にニューロンの発火によって真実と認識されている状況=事実(fact)とは、必ずしも一致しない、という話があったのだけれど、では、3D空間内のデジタルデータに過ぎないセカンドライフ内の「ひと」「もの」「こと」は、truthなんだろうか、それとも参加者各位の脳内でそういうふうに認識されているだけのfactなんだろうか、とか。

相手のアバターを見て「○○さんだー」と認識するのと、実際に生身の人間と会って「○○さんだー」と認識するのと比べて、生身だけが真実というのは、よく考えると「どうよ?」ですよね。

極端な例でいえば、性同一性障害の人にとっては、外側の自分(容姿)でもって、男の子とか女の子とか認識された時点で「違う!それは私ではない」と違和感を感じるだろうし。

容姿もある種アバターみたいなもので、必ずしも「その人自身」を体現しているものではありませんよね。。

外見がブサイクでも、人格的にすばらしい人って、いっぱいいるし。
その逆もまた真なりで…。

…とすると、SL内で、パンダや狐や猫やプリン(!)の姿をしているのが、その人にとって自然な表現であるならば、それと出会った私たちもまた「ああ、この人はプリンとして生きているんだ」とそのまま素直に受け取って、種や物質の壁を越えた交流を図るのが、21世紀の新しいコミュニケーション術かと。。

???

…だんだん、読書会の趣旨から話がずれてますけど、ともかく、脳と、脳が現実をどのように認識しているかということは、つきつめて考えると、「この世界は何なのか」「私は誰なのか」という哲学的な命題に直結する科学なのです。

脳ってほんとにおもしろい!
最近、これとは別に、ミラーニューロンの本も買ったので、読んだらまた感想をアップしようと思います。

昨日は、昼間に岐阜県の実家へ行って、無線LANの設定と、母親にパソコンの操作法を教えるなどしてきたので、疲れちゃって、途中から半分寝ていたので、発言できずに残念でした。。

ダブルクリックができない人というのを、生まれて初めて見ました。。

ほかの指は動かさず、人差し指だけをトントンと2回動かすっていうことは、高齢者には意外とムズカシイことなんですね。

私たちはもっと謙虚になって、こんなふうにパソコンを自由に操作して、文章を書けて、さらにはセカンドライフで3次元空間を疑似体験しながら、遠くの人といっしょに読書会に参加できる幸せに、感謝しないといけないなーと、思ったことでした。

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コメント

  1. Haruka より:

    遅ればせながら、当日は来ていただきましてありがとうございました。

    ミラーニューロンの本、私も読みました。SLでアバターを躍らせていると楽しくなるのって、
    もしかしてミラーニューロンの働き?とか、またもやSLに結びつけちゃったり。