ツイてるなんてとても思えない人生だったけど。

今日は、CBCラジオの「北野まことのズバリサタデー」の「出会いふれあい探検隊」というコーナーで、楽筆(らくひつ)を取り上げていただきました。
事前につとむが取材してもらった音声と、スタジオでのナレーションの組み合わせで、すばらしくいい感じにまとめていただいて、まるで私が書いたかのような(爆)すばらしい内容でした。伝えたいと思ってることが、ちゃんと伝わったと思うので、うれしかったです。

つとむのラジオ出演はこれが2回目で、オンエア当日のサイトアクセスはいわゆる「スパイク」が現れるって分かっていたので、今回は、無料資料プレゼントの申込みを受け付けるなど、できることはやりましたが、結果はわかりません。

とりあえず、オンエア終了直後に問合せの電話が1件あったのは特筆すべきことで、さすがマスコミ、すごいです。

今回、オンエアが決まって、無料資料のために動画を撮影する準備を進めてて、それも、つとむにとっては新しいチャレンジです。

私自身も、動画撮影はもちろん、動画編集なんか絶対やりたくないって思っていたけど、人に頼むほどの予算もないし、かといって今どき、動画資料のひとつも作らないってのも残念なので、重い腰をあげて、セミナーで知り合った栗原寛(かん)さんのオンライン動画サロンに申し込んで、資料動画を見ていたら、iPhoneだけで撮影・編集・YouTubeアップロードができるって分かって、ちょっとやる気になりました。

すっごいものを作ろうと思わず、できることからやっていけば、熱意はじゅうぶん伝わるかもね。

自分が楽しみながら、楽しいと思える範囲でやればいいかなって、思います。何ごとも。

タイムラグ

ところで、今日のオンエアは、つとむの楽筆がメンタルに効くという話で、自身がうつ病で外に出られない時に文字を書きながら治っていったという話だったんだけど、実はこの展開、それこそまだうつ病が治りきっていない頃からあった話なんですよね。

当時はまだ教室をやっていなかったけど、書いたものを売るにあたってそういう売り出し方もあるよねって、いうのは、私も思ったし、当時相談した人たちからも、「それを売りにすればいいじゃん」って何度も言われたものでした。

当時から私の頭の中にあったストーリーが、プロのアナウンサーさんのステキなトークと、洗練された構成で、ラジオから流れてきたのを聞いている私。なんだかとっても妙な気持ちでした。

まさにデジャブ。

うれしいはうれしいんだけど、うれしさと同じくらい、「なんで今ごろ?」っていう、不思議な感じが。

なんで、10年前にできあがっていたストーリーが、今、現実になってるの?

遅くない????

みたいな。

もちろん、10年前ではうまく行かなかった話かもしれない。
世の中がそういうことを受け入れる土壌がなかったかもしれないし。
つとむ自身もまだ準備ができていなかったし。

いろんな条件が整ってこの展開になったし、
多分、今、このタイミングで現実化するのが、いろんな面で最適だったんだろうとは思うけれども。

でもねー、「今さら?」って感じもするわけよ。私としては。

なーんーでーいまごろー
おせーよ

みたいな。

今までのことはいいとして、これからもこんなペース(思いついてから実現するのに10年かかる)では、とてもじゃないけどやってらんない。

でも、世の中のことって、だいたいそんな感じで、すぐできるって思うことが意外に何年もかかったりして、私なんか、それができあがるころには、もう飽きちゃってる。

で、今後のことだけど、
もう考えるのはやめました。

自分の人生の楽しみについては考えるけど、それ以外のことは、天にまかせる。
なるようになるでしょう。
動画撮影と編集が、今、私に必要だというなら、必要な情報が入ってくるはず。
入ってこなかったら、できないから、やらない。

死ぬほど必死に探し回って、泣きながら学んで、歯を食いしばってやる、なんてことはもうやりません。
私の人生時間ですからね。
私がいちばん楽しいんじゃなかったら、なんの意味もない。

なりたい未来を引き寄せる

で、そんなことを考えていたら、はっ!!と気づいたのですが、
もしも、10年前に、私がそういう気持ち、つまり、私が楽しいのがいちばん大事って感じで生活していたなら、今回のことも、10年もかからずもっと早く自然に実現していたかもしれません。

もっと言えば、つとむがうつで引きこもって収入がゼロになってしまった時、私はなんて不幸なんだと思ったし、それからずっと、私は、他の人よりたいへんな人生を生きてて、不幸とは言わないまでも、まちがいなく不利な状況で生きてると感じてきたのだけれど、

もっと早い時期に、「つとむがうつ病になって会社をやめて、私ってツイてる!」
と本気で思うことができたら。

なんでも「ついてる」と言いなさいって、まるかんの斉藤ひとりさんの持論で、でも私はどうしても、自分のことをついてるなんて思えず、そんなウソ言えないって思って暮らしてきたんだけど、

でも現実には、何ごともなく専業主婦してWEBもSEOも動画編集も何もする必要がない人生より、今のほうが幸せで、ついてる人生だったかもしれない。

と考えると、最初から「ついてる」と思って生活してたら、もっと早く、もっと自然に、ほんとについてる人生が送れたかも。

…ということに、ふっと思い当たってしまったのでした。

つまり、ついてるかついてないかは、あとで振り返ったときに、評価することで、その時点ではついてるかついてないか、分からない。

けど、先取りして、ついてるって思うことで、事態はほんとうに、ついてる方向に展開するのかも。

これがいわゆる引き寄せっていうやつで、
人間は常になにかを引き寄せずには生きられないから(なにも引き寄せなかったら世界が空白!!)、ついてない人生だなって思ってたら、ついてない人生ぽい展開を引き寄せちゃうわけで、

それがイヤなら、ちょっと無理にでも起きていることの意味づけを変えて、なにかしらついてる面を見つけて、喜んでしまえば。
そしたら、喜ばしい展開が起きてくることでしょう。

でもまあ、
私が引き寄せたい未来って、楽筆とか動画とか、あんまり関係ないので、こんな感じで結果オーライというか、問題ないですけどね。

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