池の底で昼寝していると上から人材が降ってくるの図

By , 2009 年 3 月 23 日 11:37 PM

今日は、わたくしどものような底辺のポジションにおいては、不況になると上からいろんなものが降ってきてありがたい、というお話です^^;

最近、というか昨年末以来ですが、雑談してる間に、仕事の話になって、新しいプロジェクトを始めてみようという展開になることが増えた気がします。

今週もまたひとつ、WEB関係で新しいプチプチプロジェクト(目に見えないくらいちっさいプロジェクト)^^; の相談をする予定。

以前だったら、たとえ雑談で面白いことやろうね〜って話はしても、実際に動くことはほとんどなかったんですけどね。
それが、放っておいてもどんどん進展しちゃうのが、最近の傾向です。

多分、みなさん、この不況で仕事が暇になって動く時間が取れるとか、あるいは不況の圧力を感じて、「今すぐ動かなくては!」とがんばれてしまうとか、そういうことかなと思っています。

今週の話も、不況で残業がなくなって、毎晩6時に家に帰って暇でしかたがないというサラリーマン男性の副業の話です。
私が手を動かさなくても、彼が作業を担当して、彼の奥さんが営業してくれれば、なんとかなりそうなので、サポートに入っちゃおうかなと思った次第。

今回、私の役どころは、アドバイザーとして口だけ出して薄利を稼ぐ、という今までになかったポジションです。
こういうのをコンサル業っていうのかしらー。

なにしろ、私には自分で手を動かす根気とやる気がぜんぜんないので^^;
若いやる気のある人材と組んで、彼らに動いてもらって、なんとかする、という方向性はおいしいなと思って^^;
テストケースとして、試しに立ち上げてみようかと思ってます。

なにしろトヨタ系の正社員は潜在的に優秀な人が多いですからね。
(彼の会社は副業はオフィシャルには禁止のようですが)
暇にしてるトヨタ系若手社員を狙え!…なんて^^;
期待大!

メルマガ「うつ病と共に」復刊

By , 2009 年 3 月 22 日 10:40 AM

すでに終わったものとして記憶から抹殺されかかっていた、かなだつとむのメルマガ「うつ病と共に」なんですが^^;
このたびの朗読バージョンの発売を記念して、復刊することになりました。

実は、音声素材の制作中に突然まぐまぐ事務局から「復刊しませんか」というメールが来たんです。私としては、てっきり廃刊したつもりだったので、復刊できるなんてびっくりしたし、その絶妙なタイミングも、偶然とは思えませんでした。。
http://rakuhitsu.jp/magazine

購読者が900人もついまま休刊していたので、再開すると怒濤の購読解除が起きるのでちょっと怖いですが、かつての愛読者の方とのやりとりが復活するかもしれなくて、どうなることかちょっとドキドキです。

つとむさんファンの方、ぜひ購読手続きをお願いしますm(__)m
もちろん購読は無料、購読者の情報はわたくしどもには通知されないので、プライバシーも保証されています!

メルマガを書くのはつとむ本人ですが、まぐまぐへの復刊の手続きとか、メルマガ用ページの用意など、事前の準備だけは私のほうでやって、本人にバトンタッチしていきます。

来週中には「復刊のごあいさつ」を発行して、その後、メルマガタイトルを「心の言葉〜ありのまま〜」に変更手続きをしながら、週1回のペースで発行を続けていく予定です。

※音声素材のほうは、ただいま絶賛発売準備中。販売元さんの作業中なのであと数日だと思います。

WordCamp Tokyo 2009申し込みました

By , 2009 年 3 月 22 日 10:20 AM

WordPressファン改め、そればっか使ってるので、他のツールが一切使えなくなってしまったIKUKOです…(@_@)

WordCampはWordPressのオフィシャルな(※多分)イベントで、昨年に続いて2回目です。
去年は優柔不断にしてる間にすぐ〆切になってしまったので、今年は、見つけたその場で申し込んでみました。

http://japan.wordcamp.org/2009/03/17/wordcamp-tokyo-2009-registration/
http://japan.wordcamp.org/schedule/

果たして私に理解できる内容なのかどうかわかりませんが…^^;
とりあえずWordPressはOSCにも参加がなくて、開発関係の方には一度もお会いしたことがないので、行って情報収集してきたいと思います。
(OSC名古屋への参加勧誘を兼ねて?)^^;
(いくら面白くてもOpenSIMで人を呼ぶ自信ないけど、WordPressならもうばっちり、何もしなくても人は集まりそう…)(@_@)

名古屋から参加される方もいらっしゃるでしょうねぇ〜。
お会いするのを楽しみにしています♪

残された人生時間を有効に活用する

By , 2009 年 3 月 21 日 11:58 AM

父が亡くなったことは家族にとっては寂しいことですが、そのこと自体が悪いこととは思いません。死ぬということはネガティブなことだとも思いません。

なぜなら、人は死んで肉体や精神はなくなっても、魂というか意識というか、存在はなくならないからです。

ええ、確かに私は「オーラの泉」のファンですが^^;
江原さんがそういうからそうなんだ、というんじゃなくて、私自身、生まれる前(前なのか後なのか)の、今の自分の中にいたときじゃない、地球上じゃないけど宇宙空間でもない、どこか分からない「どこか」にいたときの気持ちを多少覚えているからなんですよね。。

だから江原さんの言うことも話半分に聞きつつも「ああ、そういうこともあるよなぁ」って…。

うんと小さい頃には、まだ半分そっちの世界にいるような具合で、この世界のことがさっぱり理解できなくて、まわりのみんながしていることの意味が分からず、右往左往したものです。

でもまぁ、長い学校生活を経て、だんだん「人間らしく」振る舞えるようになって、今ではほぼ完璧に普通の人のフリできるようになったんだけれども。

なので、死は、セミの幼虫が、この世という「地中」から出て羽化するような感じで、開放であり卒業であり、そもそもの始まりである故郷に戻ることなんだと、いうふうに、実は小さい頃から感じていたんですよね。。

死ぬっていうことは、ここに来る前にいた場所に戻ることであって、そちらには、私の本当の家族がちゃんといて、ずっと待っていてくれる、という確信めいた感覚…。

死にまつわることはタブー視されているので、日常生活では滅多に話題にできませんが。
今日は、ついでと言ってはなんだけど、せっかくの機会なので、書いておきます。
今後はこういうことを書く機会も増えていくような気がしますけど…。

では、もしも、事実が私の思うようになっているとしたら、なぜ人はこの世に生きているんでしょうか?
あちらが故郷だとしたら、こちらは何なんでしょうか。

答えは人によって違うというか、その人が選択するものだと思うけれども、こうして父の死に接して思うことは、目的がなんであれ、与えられた時間は有限だ、ということです。

父が自分の一生にどれくらい満足していたかは、他人には分からないことですが、自分のことは分かります。私は、まだまだこの一生でやれることがあるだろう、という気がしています。

子どもたちがとりあえず健康に大きくなって、それぞれの進路を自分で考え始めるまでになって、私としても、与えられた課題をひとつクリアしたような、達成感と安堵感があるんですが、人生の大きな課題を終えたこれからが、いよいよ本番かなと、そういう感じもしています。

「本番って何なのさ」
って、それ自体が自分でも謎なんですが^^;

でも多分、上に書いたような、今までずっと人には言えずに胸のなかにしまってきたさまざまな思いを、自分が率先して公開して、世界にたくさん、散らばっているであろう仲間たち(同じように孤独な思いをしている人たち)に、メッセージを伝えることかなと、思ってます。

…なんじゃらほい、な話ですが。
(でも当事者にとっては重要な話)

まぁ。救いを待っているだけじゃ、何も始まりませんからね。
有限な時間を無駄にしないように。
有意義に使いたいものです。

By , 2009 年 3 月 21 日 9:05 AM

3月17日に、実家の父が他界しました。
78歳でした。
2ヶ月と半分ほどの闘病生活で、最後はさほど苦しまず、すっと息を引き取ったそうです。
何年も入院したり、すごく苦しんだりすることなく終わりの時を迎えられたのは、良かったんじゃないかと思います。

トヨタ系の下請け工場で経理担当のサラリーマンをしていましたが、退職後も役員として残ったり、子会社へ嘱託で通ったりして長いこと働き、それでも数年前に完全に引退して、のんびり碁を打つ生活も楽しんだようですし、まずます幸せな人生だったのでは?と思いますが…どうなのかな、こればっかりは本人にしか分かりませんね。

こういう場合、生きてる間にもっと話をしておけばよかったって、子供の立場としては思うものなんだろうけど、うちの父は一風変わった人で、会話が成立するということがほとんどありませんでした。

私がしゃべってるのと、ぜんぜん別のことを返して来るんですよね。

なので、私が父の話を一方的に聞くことだけが、唯一のコミュニケーションの手段だったのですが、父の話すことというのが、これまた観念的で何の話かわかんない、あるいは超ネガティブな先行きの心配の話ばかりで…。

正直、このひととどうやって会話をしたらいいのか、さいごまで分かりませんでした。
(仕事の話ならちゃんと成立していたようです)

でも、そこは親子ですから、お互いに愛情があるってことは、話さなくても伝わっているし、ぜんぜんOKだったんですけどね。

同居しているわけじゃないので、お葬式が終わって自宅に戻ってしまうと驚くほど喪失感がなくて^^;
マジ、父は千の風になって、花粉をまき散らしながら吹き渡っているんじゃないかと思うくらい、寂しくありません。

おととし、大好きだった白猫のピースケが突然死でしまった時は、全機能マヒになって、涙も止まらないし、何も手に付きませんでしたが…。
多分、実家の母たちは、寂しい思いをしているのだと思います。

私も、これからだんだん寂しさを感じるかもしれないけど、こういう時、子供がいてくれるのは非常にありがたくて、若い人の、伸びていこうとするパワーは、お葬式の場にあっても力強くて、明るい希望を感じさせてくれるものです。

今回、父の遺言で、お葬式は無宗教の家族葬という形にしましたが、その件についてはまた日を改めて。
※これがなかなか好評でしたので、ぜひ紹介しておきたいな、と^^;

Mixiとそれ以外のソーシャルサービス

By , 2009 年 3 月 20 日 10:27 AM

twitterがブームなのだそうです。
私のtwitterはFacebookとFriendFeedにも表示されています。

deliciousというソーシャルブックマークがあるんですが、動作が軽くて気に入ったサイトを記録しておくのに大変便利です。新しいサイトを登録するたびに、FacebookとFriendFeedに自動で表示されています。

私は現在3種類のブログを書いていますが、いずれもFacebookとFriendFeedに新着表示させています。

GoogleReaderで面白い記事があったら「お気に入り」しておくと、それもFacebookとFriendFeedに表示されていきます。

あまり使いませんが、Flickrという画像投稿サイトがあって、公開したい写真はそちらにアップしておくと、やはり自動でFacebookとFriendFeedに表示されていきます。

つまり私のネット上の活動はほぼFacebookかFriendFeedでリストアップされてるわけです(ブックマークやそれについての自分のコメントを検索できるのでこういうリストがあると便利です)

それに比べて。
mixiに投稿したものはmixiでしか表示されません。

なので、たとえば日記をひとつ書こうと思った時、mixiに書くよりも自分のブログに書いたほうが、1回で何度も表示されるのでなんとなく「お得」感があります。
また、mixiのような閉鎖型のSNSは、どれだけ日記を書いても、GoogleやYahooなどの検索ロボットに拾ってもらえないので、WEBサイトのアクセスアップには役に立ちません(そもそもこれはあえて日記を非公開にしたい人向けのサービスなんでしょうけど、私なんか貧乏性なので、せっかく書いたのにもったいない、と感じます)

だから日記はmixiではなくて自分のブログに書いて、投稿するときに同時にmixiへも投稿されるようなプラグインを使って、つまり1つの日記を2ヶ所に投稿しています。
こうしておけば、mixiでも読んでもらえるけど、ブログにも掲載されて検索ロボットに拾われて、何年もの間、検索対象になり続けます。

…というように、mixiは今や、いろんなソーシャルサービスとの連携でいうと、孤島化しているんですよね。

でも、mixiは日本人に特化したサービスとして、初心者でも使いやすいように作られていて、多分、今も続々と、初心者ユーザーの新規参加が増えているんじゃないかと思います。

少なくとも私のまわりでは、中年女性や高齢者がどんどんmixiを使い始めています。
こうした人たちは、パソコン通信もネットの掲示板もぜんぜん未体験だった人たちなんですが、今ようやく、mixiで初めてネットコミュニティの楽しさに目覚めて、友だちを作ったり、お仕事に生かしたりしているのだと思います。

というわけで、昔からmixiを使っていた人はもう飽きて(?)新しいソーシャルサービスへ移ってしまっても、今までネット自体を未体験だったような人たちが新規にmixiに入ってきて新たなコミュニティができるので、どちらが勝ったとか負けたとか、単純には言えない状態かと思います。

裾野が広がる=パイが大きくなる局面では、対立するサービスが共存できる状態もあるんだなぁと、思ったりしながら、

私の場合は、mixiでつながっているグループと、それ以外で交流できるグループが、ほとんど真っ二つに分かれて、重複する人がほとんどいないくらいです。
なのでまだ当分は、今のような手作業で、mixiに投稿を続けないといけないなぁと思ってます。

不安煽り系キーワードはスルーに限る

By , 2009 年 3 月 18 日 10:44 AM

スピリチュアル系ブログをいくつか購読していますが、疲れているときは長文が読めないので、画面全体を眺めるように見ながらスクロールすると、断片的な単語が目に入ってきます。

不安、恐怖、暴力、破滅、陰謀…

スピリチュアル系のサイトでは今、2012年の世界の終わりに向かってフィーバー中ですから(笑)
こうしたネガティブなキーワードが満載のところも少なくありません。

かたや、経済系ブログでは

世界大恐慌、未曾有の危機、底なしの不況…

当然ながらこちらもネガティブキーワード満載です!

なんかこう「危機が来ますよ」的なネガティブな話題のほうが、人をひきつけるんですよね(私もひきつけられているひとり)

他人の不幸は蜜の味といいますが、こうしてネガティブキーワードで自分を洗脳している私は、うっかり自分の不幸も蜜の味…にならないように、読み終わったら

「あ〜、面白かった!」

と、ホラー映画を見たあとみたいに、すがすがしくその場を立ち去りたいと思います。

だって一度きりの人生ですから。
(それも残り半分を切っているんだし)
失敗しないように落とし穴ばかり探しているより、自分で勝手に楽しい空想を広げて、自分の時間をすべて、わくわくどきどき、子どもの頃みたいな新鮮な気持ちで満たしてあげたいです。

起業から1年半。いよいよ次のステップへ

By , 2009 年 3 月 17 日 11:10 AM

今年最初の小プロジェクトがようやく終了に近づき。
次の1手を考え始めました。
今までの小さな1手の積み重ねと違って、今回は多分、起業後の最初のステップが終了しかけているんだろうと思うので、次は新しいことにチャレンジできそうです。

昨年始めから、とりあえず主要な収入源である筆文字販売の基礎固めとして、耕望の整備とか新商品の開発とかWEBサイトの拡張などを続けてきて、予定したものはほぼ消化しました。

元だんなさんは、昨年来、めんどくさいことは私がどんどんやっつけてくれるので、すっかり勘違いして、私が永遠に自分の世話をしてくれると思い込んでいたようですが、そういうことをすると、私は、同じことの繰り返しが続いて精神が腐敗し始めるので、そうではなくて、筆文字のことはこれで最低限の準備が整ったのだから、あとは自分で拡張していって欲しいのだということをお伝えしました。

そして私は空いた時間と労力を、また次の新たなる企画へと投入していき、新たなる収入源を開拓するのです。

この作業をえんえん繰り返すことで、少しずつ、事業規模も売上も拡大していくというのが、私の思い描く発展のプロセスです。

私の仕事は特定の人のプロデュースではなくて、次々と新しい企画を立ち上げ、モノにしていくことだと思ってます。

かねてからの持論ですが、人間には2種類に分かれると思うんです。
(1)ゼロ→1人間
(2)1→2,3,4…人間

(1)のゼロ1人間というのは、常に新しいことにチャレンジしていないと死んでしまう、マグロ型人間で(泳ぎ続けないと死ぬらしい>マグロ)、アイデアを実現して形にするのが好き。でも形ができたものを維持するのが苦手です。退屈になってしまうんですよね。

(2)1→たくさん人間は、今あるものを改良してどんどん良くしていくのが好きな努力家タイプ。カイゼン運動で成功したトヨタ系の従業員にはこのタイプが多いはず。このタイプに、ゼロから発想せよと要求しても困り果ててオロオロするだけ。でも、進むべきルートが示されてさえいれば、どんな無理も乗り越えて着々と成果を残します。日本人のほとんどはこのタイプかも。

当然ながら私は(1)のタイプなのですが、(1)タイプには弱点があって、ひとつのことをコツコツ続けて発展させるのが苦手です。尻切れトンボにならないように、ひとつのことを作り上げたら、それを継承して発展させてくれる(2)タイプの人にあとをまかせて、時々様子をチェックしながら見守るということが必要です。

今回初めて、最初の大きなステップ(筆文字販売)がだいたい軌道に乗ったので、手放して、あとの管理をまかせていくステップに移行する、ということです。

その昔、私たちがまだ入籍していたときは、こういう合理的なプロセスがぜんぜん機能しなくて、

「妻は夫を手伝うのが当然」
「夫が方針を決めるのが当然」

みたいな意味不明な感情的な拘束が強くて動くに動けず、右を向いても左を向いてもがんじがらめでにっちもさっちも。当然、思うように結果も出せませんでしたが、今は、ビジネス的に割り切った関係の中で仕事を進められるので、数年前とは見違えるような、ポジティブで建設的なプロセスで進んでいます。

だから、今は私の人生の中でいちばん、物事が思い通りに進んでいる幸せな時期です。
これからは、今はまだ妥協している部分もどんどんやめていって、100%自分流、をめざして進んでいきます。イェイ!

ルーブル美術館展

By , 2009 年 3 月 16 日 8:32 PM

メタバースフォーラムの翌日は、上野でルーブル美術館展を見てきました。
http://www.ntv.co.jp/louvre/

「現代アートビジネス」(小山富美夫著)を読んでから、むしょうに現代美術というものを見てみたく、最初は上野の森美術館へ行くつもりだったんですが、上野に着いて「ルーブル」の文字を見た瞬間「そりゃぁやっぱりルーブルっしょ」って^^;

見てしまいました…400年も昔に描かれた絵を〜〜!

ちょうど今読んでいる「ローマ亡き後の地中海世界」(塩野七生著)の次の世紀、大航海時代のヨーロッパで制作された絵画の数々。超豪華!

王侯貴族のお抱え絵師による絵画なので、作家の自由な表現活動というより、ある種の広告表現だったと捕らえるのが近いのかもしれませんが、制作された当時はもっともっと色彩も鮮やかだったでしょうし、電灯もないお城や教会に、こうしたものが飾られていたら、テレビも映画も見たことのない当時の人たちにとっては、今で言う大画面のど迫力のハイビジョン映像!…以上のインパクトだったのではないかと思います。

ちょうど前日フォーラム会場で、3Dメガネをかけてテレビの映像から物体が浮き上がってくる3次元テレビを見て、おお〜っとびっくりしていた自分と、当時の人たちの気持ちを重ねて、その驚きと感動を想像してしまいました。

今ある映画やテレビ映像も、こうして数百年後の人々を感動させられるのでしょうか。意外とデジタル素材のほうが保存が難しかったりして??

メタバースフォーラムその2

By , 2009 年 3 月 15 日 9:38 PM

で、(でって)^^;
1日たったらセミナーの内容を半分くらい忘れちゃってるわけですが(減衰率50%)

…内容が濃かったです。この講師陣でこの内容で「無料」とはこれいかに!
ひとえにメタバース協会のおかげですね。感謝っ!

で、会場での懇親会のあと、みなさんはピザ屋さんへ移動されたのですが、私たち「遠方&中年組」は「とりあえず座ってごはん」ということで居酒屋へ。
結局、話し込んで(※まるべさんハイテンション)そのまま終了でした。

セミナーと懇親会を通して、面白い話はいっぱいあったんですが、24時間たった今、一番印象的だったのは…

【 OpenSIM 】
OpenSIMの開発で、現在多分日本一の3Diという会社があるんですが、そこの鎌田さんというあちこちでよくお見かけする名前の方が、むか〜しセカンドライフ内でフレンド登録した人だったということが判明して、びっくりでした。

で、今探したらありましたよっ、その時のIMログ。公開しちゃお。

[9:26] bit2zero Planer: ikukoさん、うろ覚えですみませんでしたw お友達登録だけさせてください
[9:27] ikuko Spinotti: はいはい
[9:27] bit2zero Planer: たぶん、カフェであったようなw
[9:27] bit2zero Planer: それでは、また
[9:28] ikuko Spinotti: はい、また^

ひぇ〜、はい、また、だって〜。愛想なし〜(^◇^;)
中の人の素性を知ってたらこんな応対はしなかったでしょうに…(*_*)
まあその、多分、このときイベント中でバタバタしてたので、きっと、あの、そのむにゃむにゃ…

で、印象に残ったのは自分の愛想のない応対のことではなくて、OpenSIMの開発状況で、これは、オープンソースのプロジェクトとして着々と進行中で、すでに、あんなこともこんなこともいろいろ!できるようになっていて、今後も、どんどん進化するっていう話です。

すみません、昨日は分かった気がしたんですが、今、書こうとしたら、よく思い出せません。LSLじゃなくて他のすべての言語を利用できるようになってるのとか、持ち物の管理をする方法を変更して、自分の持ち物を持ったまま他のSIMへ移動できるとか、その他いろいろ。

通常のセカンドライフと、3DiさんのOpenSIMの機能比較をしてもらったら、OSCのセミナーネタとして最高!…とは思うのですが、
正直、はるばる名古屋まで来てもらってもこっちには興味ある人少なそうだし、お客さんが昨年程度では、ちょっと申しわけなくて呼べないッス。

その他、セミナー会場で、facebookで名前を見かけるあんな人こんな人に直接お会いできたのは収穫でした。これからは、コメントするのに「でもこの人、いったい誰なんだろう」って思わずに書けるようになります(^^)

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