地上波でスターウォーズエピソード3をやってたので、チラ見していました。
怖いですねー、暗いですねー。
善と悪の戦いに終わりはないですねー。
私は6作中では、エピソード1が一番好きです。
アミダラ姫の故郷のナブーの自然の風景がとっても美しくて。
ジャー・ジャー・ビンクスも好きだったんだけど、なんで不評だったのかしらん。
まぁ…確かにスターウォーズというよりディズニー映画ぽかったかもしれないけど。
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今日は、SLCOMのことをひさしぶりに考えました。(普段は完全に忘れている)(・・;)
掲示板を閉めて、ブログだけのサイトにしようということなんだけど、せっかくなのでもっと他の活用法がないかと考えてみたりとか。
活用法は思いついたし、
技術的にもなんとかなりそうと思っても、
でも、それだけではダメなんですね。
なにか「私がそれをやる理由」みたいなものが必要で、それがないとアイデアも計画も絵に書いた餅で、現実には何も起きない気がします。
やる理由は、お金とか野心とか、そんな感じの何か。
お金も野心も「悪」に分類されることが多いけど、困ってる人を助けたいというぎらぎらした野心というものもあると思うので、必ずしも悪とは言えず、逆に何の野心もなくだらりんとしているだけでは、何も始まらないわけで、野心も欲も要は使い方次第。
それともうひとつ、新しいものを作る時って、ノリが大切って気がします。
ノリとか、タイミングとか。
なんて言うのが一番ぴったりくるんだろう。
あーでもないこーでもないと、ごちゃごちゃつっつき回しているうちにしぼんでしまう企画のなんと多いことか。
やるならすぐやる。
が大切ですね。
…なんてごちゃごちゃ考えてるうちに、SLCOMのリサイクルプランも消えていっちゃいそうです(-_-;)
でもやっぱ、去年と「おそろ」がいいかな、とか思って、同じツールで作りました。
まだコメントなどが入れてありませんが…
2009年 さいたま「楽風」共同展 かなだつとむ筆文字ギャラリー
使ったツールはこちら
SimpleViewer
こちらのサイトに詳しい使い方があります。
サムネイルを一括生成してくれるスクリプトを使うと作業がとっても楽です。
ただし、表示させるデータがxml形式で、テキストファイルを開いて編集というところがちとツライですが…かえって管理画面から操作するより早くできるかも、という気はします。
陶芸作家の三輪浩文さんとコラボさせてもらった、さいたま市の個展(グループ展)が終わりました。

写真がいっぱいあるので、どうやってアップしようか、検討中。。
昨年春のグループ展では、javascriptで動くツールを使いましたが、コメントが入れづらいとか、タイトルが(知らない間に)文字化けしているとか、不具合も感じるので、もうちょっといいのはないかな…と。
ギャラリーツールは、実際問題、「いろいろありすぎて」情報を選別できない感じですが…。
phpでWEB上で操作できるツールもいいんだけど、コメントをもらったりする必要がなければ、もしかしたら、iPhotoから静的HTMLを書き出すのが一番楽かもしれません。
サムネールと拡大サイズを指定しておけば、好きな大きさにリサイズするのも同時にできますし。。
どうしようかな♪
人類史を環境の面から眺める「環境史」の本です。
3人の識者による対談(鼎談=ていだん)形式で、人類の歴史を原人の時代までさかのぼって、自然環境の変化と関連付けてふり返っています。
地層に残る花粉の調査などによって、地球の環境は(太古の昔はもちろん)有史以降もけっこう、温暖化したり寒冷化したり、大きく変化していることが分かってきているそうです。
そういえば昔、学校で世界史を習った時に、「○○帝国は蛮族の侵入によって滅亡した」とかさらっと書いてあって、りっぱな帝国がなんで、野蛮な蛮族とやらにカンタンに滅ぼされるのか不思議に思ったことがあります。
それとか「人間は、なんでこんなにたくさん戦争をするんだろう」という疑問も。
ところが、今まで習ってきたそうした世界史に気候変動を重ねてみると、なぜそれが起きたのか、ちゃんと理由があることが分かります。
蛮族が大挙して帝国を襲う理由は、気候変動による食料難だったり。
帝国が周辺の弱小国を次々と侵略する理由は、国の発展途上で自国の自然環境を破壊してしまって農業が崩壊し、食料の自給や燃料の確保のため、よその国が必要になったのだとか。
歴史は決して、ひとりの指導者の思いつきで動くものじゃなくて、必然なんだなーって、妙に納得しました。
もちろん、本書の最も訴えたいことは、未来の地球においては循環再生型のライフスタイルを主流にしていこうという主張で、つまりエコな本だと思うんですが、とりあえず原人時代から今までの世界の歴史を環境変化で切り取るダイナミックさがすばらしく、世界史の理解に役立つ本だなーと思って、読んでヨカッタです。
でもこれ、2000年に行われた対談なんだそうです。
ずいぶん時間がたっていますが、今ごろこの本を読んで「へぇ〜」なんて感心してる私が遅れていたのかな?
とにかく世界史好きな方にはオススメです。新書なので安いし、一般向けに書いてあって読みやすいです(^^)
事前に受賞の辞退を迫る団体があったりとか、きなくさい感のあった賞ですが、結局受賞したんですね。
テレビでほんのちょっと放送されたスピーチの、現地紙に載った抄録だそうです。
壁と卵
めずらしくも池田先生に褒められてる!さすが世界のハルキ
英語分かんないので眺めただけですが、小説の文体に似てません?
(当たり前?)(^^;
まわりくどくて分かりにくい気がしますが…単刀直入に言うに言えないことかも…。
全文の翻訳が読みたいですね。本人から出ないかなぁ。。
##それより、さっきセカンドライフのMagSL東海の撤退について、会社ブログのほうに長い記事を書いたのに、違うブログにアップしてしまったので、移しかえようと思ってコピーして記事を削除して、そのあと、うっかり関係ないものをコピーしたので、記事消えてしまいました。。
く…くやしい!
ひさびさにしっかり書いたのにっ!
http://magsl.net/archives/2009/02/16190719.php
※mixiなどで携帯で読んでくれてる人、毎回長文でゴメンね…
村上春樹の小説を読んでいると、今いる現実が本当の現実じゃないような、ぐらっと揺らぐような感じがする時があって、精神状態が不安定になります(^^;
きっとみんなそうだよね?
20代の頃に夢中になって読んでいた村上春樹を、今、長女が読破するとか言って読んでいるので、家のあちこちに春樹本が散らばっています。
大半は私のですが、私も全部は揃えてないので、時々、図書館から借りてきたのがそのへんに放置してあって、今日は「スプートニクの恋人」を読みました。
相変わらずの春樹ワールドで、なにいってんだかわかんない部分もいっぱいなんですが、どうしてこうも春樹本に惹きつけられるかに思い当たりました。
「ぼく」と私自身に共通点があるんです。。
「ぼく」っていうのは春樹本の大半に登場している主人公で、全部同じとはいえないけど、どれもかなり似ています。。
「スプートニクの恋人」には下のような文章があって(講談社文庫版の294ページです#検索用)
「ぼくは子供の頃からずっと一人で生きてきたようなものだった。家には両親とお姉さんがいたけど、誰のことも好きにはなれなかた。家族の誰とも気持ちが通じあわなかったんだ。だから自分のことをもらい子じゃないかって想像したものだ。事情があって、どこか遠くの親戚からもらわれてきたんじゃないかって。あるいは孤児院からもらわれてきたんじゃないかって。(…)ぼくは自分がその家族たちと血がつながっているということが、うまくのみこめなかったんだ。それよりむしろこの人たちはまったく赤の他人だと思った方が、ぼくにとってはらくだったな。
(…)ぼくは部屋に一人でこもって本ばかり読むようになった。まわりの世界よりは、本の中の世界の方がずっと生き生きしたものに感じられた。そこにはぼくが見たこともない景色が広がっていた。本や音楽がぼくのいちばん大事な友だちになった。学校でも親しい友だちは何人かいたけど、心を開いて話をできる相手にはめぐり会えなかった。毎日顔を合せれば適当に話をして(…)なにか困ったことがあっても、誰かに相談なんかしなかった。一人で考えて、結論を出して、一人で行動した。でもとくにさびしいとも思わなかった。そういうのが当たり前だと思っていたんだ。
今あらためてこういうのを読むと「やだ、これアタシじゃん」ってびっくりします。
私にしてみれば、物心ついて以来ずーーっと抱えてきた「こういう感じ」を、20代とかでいきなり、本の中で見つけると、もう長いこと求めていた友にようやくめぐり会えたようなうれしさ、懐かしさで、だから文学を読まない私が春樹だけは夢中になって読んでいたんだなぁ…と、分かります。
他の本の「ぼく」も同じかどうかわかりませんが、多くは、失語症になってみたり、数を数えるのにとりつかれたりと、なにかしらの「障害」を体験しているように思います。
当事者にしてみれば、そういうのは生きにくさの根源ではあるけど、同時にアイデンティティの根源でもあるので、トラウマだの何らかの病気あるいは障害だから治さなくてはというように、本人の許可なく治療の対象とされるのはごめんこうむりたい領域。
私が自分のことを「天から降ってきた宇宙人」と表現するのはこういう感覚を元にしているんですが、もちろん比喩みたいなもので、現実空間で宇宙人に会ったことがない以上、自分が宇宙人かなんて分かるわけないです。
だけど、証明できないから否定しようとするのは自由だけど、否定されたからって、元となっている「そういう感覚」が私の中から消えてなくならない以上、他の説明を作り出すだけのことなので、何の意味もないですね。。
否定されると思えば言わなくなる。それだけのこと。「ぼく」のセリフじゃないけど、私も今までの人生、ずっとそれの繰り返しだったわけで。いまさらどうってことないすけど。。
ちなみに、長女に村上春樹の本を「面白い?」って聞くと、「うーん…とりあえず最後まで読める」とかって反応で、じゃあなんで読んでるの?って感じなんですが、大学が国文学科なのに、正直、3年間俳句のことだけ考えて生きてきて、本なんてひとつも読んでないので、入学後に困るといけないとか思って、「ネタ仕入れ」的に読んでるみたいです。
邪道ですね(笑)
でも読まないよりはいっか。。
でもアタシの現役の時は、カッコイイ文学者といえば三島由紀夫あたりだったのが、今や村上春樹なんだなーって、奇妙な感じ。
(私、自慢じゃないけど三島由紀夫一冊も読んだことないス)(・・;)
なにせ私の大学時代は、まだ村上春樹デビューしてなかったもんねぇ。。
それが今や世界中で読まれている大作家ですからねぇ。。
(最近、年を感じる…)
先日、個人ブログを復活したので、当ブログには「まともな話」を中心に書いていこうと思います。
なんとなく具合がよくない当サーバーですので、予告なく移転する場合がありますが…そこんとこよろしくです。
ちょっと専門的な(?)話になりますが、カイロプラクティックなどの治療系の人たちがよく使う方法に、筋肉反射テストというのがあります。
親指と人さし指でつくった輪で行なうオーリングテストは有名なので、みなさんも聞いたことはあるかも。
パートナーが質問をしたあと、一定の力で2本の指をひっぱってもらって、答えがイエスならばオーリングは開かず、ノーなら(無意識に筋肉の力が抜けて)開いてしまう、というようなもので、イエス・ノーは人によって逆だったりもする、と聞きました。
私は20年くらい前に受けていたセミナーでは、オーリングや、脚の膝から下を使った同様のテストを体験しましたが、これは潜在意識(あるいはハイヤーセルフなどなど)からの回答だとされて、人間の顕在意識では分からない問題、たとえば、身体の中の悪い部分やその治し方をはじめ、初めての場所へ行く時の道順や仕事上の問題など、ありとあらゆる分野で使えるのだそうです。
ただ、私自身はその「力加減」のあやふやさが信用ならず、自分では使えません。(自分でやってもイエス・ノーの判定がつかない…)
前置きが長くなってしまいましたが、今回のセミナーで、そんな筋肉反射テストについて面白いことが分かったんですが…。
仮に、筋肉反射テストが本当に潜在意識(あるいは身体からのメッセージ)だと仮定しての話ですが、たまたま、答えたくない質問をされた時とか、答えると危険だからほんとのことを教えたくないような場合は、自分の意志とは関係なく、潜在意識がはっきりと「うそ」の答えを返すことがある気がするんですよね。
あるいは、相手が欲しがっている答えを与えて、満足させて、それ以上の詮索をやめさせたりとか。
どうでもいいことについてはホントのことを答えている気がしますが、身体の持ち主(今回の場合は私)に危害が加わりそうだと判断すると、ちゃっかり答を操作して、先回りして私を守ってくれるんだな、と、なんとなく思いました。
すみません。
具体的に「こういう質問をされて」「こうだったから」「こうだ」というふうに、例をあげないんで、わけわかんないでしょうけど。
でもそういうことなんです。
身体は私たちが思っている以上に、中に宿っている人のことをしっかり分かっているし、いつも守ろうとしてくれているんですよね。
そういうことを、いままでもたくさん、情報としては聞いてきたけど、
自分の身体で体験できたのはよかったです。
いやな人と会うと無意識に身体がこわばっていたりってこと、普通にありますよね。でも、目の前の人の相手をするのに神経を全部使っちゃうので気がつかないというか、気にしてませんよね。
そういう普段は見落としがちな身体からのメッセージにちゃんと気がついて、「あれ?なにかな?」と考えてみるだけで、生き方ってかなり変わるんじゃないかと、そんなふうに思いました。
NHKで朝からナマ坂本龍一見て気分すっきりです。
最近、いいお顔になってきましたね。。
私、彼のコンサートがきっかけでインターネット始めた人なので、元気そうな姿を見るとうれしいです。
えっと、前々回のエントリー「花束より札束を」、mixiのほうでとってもウケていただいたみたいで、こちらもうれしいです。ちなみにこれ私のじゃなくて、お友だちが言った言葉です。
mixiって一時のブームが過ぎて枯れてきてる感じで、私も最近は新しいマイミクさんちっとも増えてないし、日記もBlogの記事を自動投稿しているんですが、コメントはBlogよりmixiのほうがいっぱいつきます。直接の知りあいが多いから、というのもあるけど、単純に、mixiのほうがコメントが書きやすいデザインだというのもあるでしょうね。。
ただ、mixiが紹介制をやめて誰でも入れるようになるという話があったので、そうなるとまた次のブーム?が来て、誰もがIDを持っている便利な連絡手段として再浮上してくるかもと思って、ちょっと期待しています。
よかったらmixiもご覧ください。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=28206
Vitsのバッテリーが上がってました。。
持ち主の私の代りに「電池切れ」したんだと思いますよ。。
ういやつじゃ…。